2002年2月12日(火)「しんぶん赤旗」
「有事への対応に関する法制のとりまとめを急ぎ、関連法案を今国会に提出する」。小泉純一郎首相は四日の施政方針演説で、歴代首相として初めて、有事法制の国会提出を明言しました。有事法制って何? なぜ、いまなのか? その中身は?
「有事」とは、戦時のこと。つまり、有事法制とは戦争をするために必要な法律のことで、国民生活や権利を大きく制約するものです。
そんな法律がなぜいま必要なのでしょうか。小泉首相は、「備えあれば憂いなし」と繰り返すばかりです。
しかし、「備えた後には戦争があった」(八日の参院本会議で日本共産党の富樫練三議員)のが歴史の教訓です。
政府がさかんに宣伝するテロや不審船への「備え」はどうか。
テロは「国際法上の戦争ではなく国内法上の犯罪」(松井芳郎・名古屋大学教授、『世界』昨年十二月号)で、警察と司法の力で解決するのが基本です。
不審船への対処も、第一義的に海上保安庁がおこなうべき問題で、領海内での違法行為は、現行法で対処できます。そもそも有事法制とは別次元なのです。
日本への「武力攻撃」も後で見るように、政府自身が想定できないとしています。そうすると残るのは「米軍有事」での“国民総動員体制”づくりへの「備え」だけ。
実際、アーミテージ氏(現米国務副長官)らが一昨年十月にまとめた米国防大学国家戦略研究所「特別報告」では、「有事立法の制定」を求めました。
米国は、戦争法=ガイドライン(日米軍事協力指針)法にもりこんだ民間や自治体を動員する規定にあきたらず、民間や自治体が動員を拒否した場合にも「強制できる権限が必要」(マイケル・グリーン国家安全保障会議日本・韓国部長)と圧力をかけてきています。
危険な「備え」をつくることで、「後顧の憂い」なく、日米共同の戦争にのりだしていく――小泉首相の本音はここにあります。
政府は、本格的な法案化作業を始めており、できるものから三月には国会に提出しようとしています。政府は、その有事法制を「武力攻撃事態への対処に関する法制」(仮称)と呼んでいます。日本が外部からの攻撃を受ける事態だというのですが、こんな「事態」は、ほんとうにあるのでしょうか。
小泉首相が国会では「現在のところ、ご指摘のような(日本が侵略を受ける)事態について、わが国に脅威を与えるような特定の国を想定しているわけではない」(八日、参院本会議)と答えました。中谷元・防衛庁長官も「三年、五年のターム(期間)では想像ができないかもしれません」(二〇〇一年五月三十一日、参院外交防衛委員会)とのべています。
米ソ対立が激しかった一九七七、七八年に有事法制研究が始まりました。その時でさえ、福田首相は、日本への直接侵略の可能性について「万万万万一」しかないとのべていました。
小泉首相が有事法制整備の口実にあげてきたテロや「不審」船対策については、「別途検討する」とされています。国民の不安につけ込んで年来の野望だった有事法制に手をつけ、さらに広範囲の戦時体制をつくる――いわば“二段、三段ロケット方式”を狙っているのです。
有事法制について小泉首相は八日の参院本会議で「日本国憲法のもと」でやるといいました。「憲法の枠内」というと、安心しがちですが、本当にそうでしょうか。政府が提出しようとしている有事法制の大もとになる研究をみても、憲法で保障された国民の権利と自由を踏みにじる危険なものばかりです。
有事法制の最大の目的は、国民を総動員して戦争体制をつくることです。
そのため、政府は国民の財産である土地や家屋を強制的に使用したり、業者の物資を取り上げたり、戦争協力に民間業者や労働者を徴用(強制的に仕事をさせること)できるようにしようとしています。(別項1)
すでに自衛隊法一〇三条(注)には、こうした強制使用や強制動員についての仕組みがあります。
防衛庁長官や自衛隊幹部が都道府県知事に「公用令書」という命令書を出し、「要請」もしくは「通知」するだけで、直接、国民を徴用、財産を収用できるのです。
動員される対象は、医療、土木建築工事、輸送など幅広い業種からなっています。(別項2)
同一〇四条で電気通信設備を優先使用することも決められています。
今回の有事法制では、この仕組みを発動するための政令をつくったうえ、さらに強力な措置を考えています。
一つは、この仕組みを確実に動かすために、罰則規定を設けることです。これまでの「中間報告」にも、物資の保管命令に従わない人を罰することが明記されています。
もう一つは、自衛隊の出動前の「待機命令」下でも「土地の使用」などをできるようにしていることです。「有事」の前から、軍事行動が優先されるのです。そのほか、(1)相手に公用令書を渡せなくても物資の収用、土地の使用を行う(2)使用する土地にある建物を撤去する(3)自衛隊が私有地を自由に通行する――ことができるよう検討されています。
政府は、「米軍の行動を円滑化するための法制」も有事法制として提出するとしています。
どんなものが考えられているのか。参考になるのが、戦争法(ガイドライン法)のときに明らかになった在日米軍司令部による「有事支援」の要求をまとめた自衛隊統合幕僚会議の内部文書です。(別項3)
そこでは、大量の弾薬輸送や民間空港、公共岸壁の使用などを中心に千五十九項目もの要求が並べられています。広範な国民の動員、自治体による給水やゴミ処理などの支援、クレーンなどの荷役器材やこん包資材、避難用の寝具といった物資の確保などの内容がたくさん盛り込まれています。
政府の研究では、自衛隊が出動して、行動する際、さまざまな法律に縛られないようにすることについても検討されています。
たとえば、(1)自衛隊の車両をパトカーや消防車などの緊急自動車と同じ扱いにする(2)自衛隊が移動する道路や橋の補修をできるようにする(3)どこでも陣地を造ることができるように特例を設ける(4)軍事施設の建設に特例を設ける(5)火薬をフェリーで運んだり、一時的に野外に集積したりできるようにする(6)野戦病院を設置できるようにする(7)墓地や火葬場以外の場所で埋葬や火葬ができるようにする――ことが必要だとされています。
「有事」発生の際には、国民生活全般に統制が加えられる――有事法制には、こんなねらいがあります。
一つは、「住民の避難・保護、生命・財産保護」を口実にして、国民を統制したり、強制的に移動させたりすることです。そのために、戦前の「隣組」のように相互連絡や避難、消防活動、物資の配給などを行う「民間防衛組織」をつくらせることや、シェルターの整備などが考えられていると報じられています。有事法制の「全般」規定では、こうした国民動員に不可欠な地方自治体など行政の総動員が狙われています。統制は国民生活に大きくかかわる無線通信や航空・船舶にも及んでいます。
空では、「航空路・空域等の指定」がおこなわれ、民間航空機は自由に飛べなくなります。米軍機や自衛隊機の行動が優先されるのです。
海でも、「航路・海域等の指定」がおこなわれます。ただし、軍事行動に必要な物資を運ぶなどの「指定船舶」は自衛隊が「保護」しますが、それが一番の攻撃対象となります。
そのほか“自衛隊の円滑な無線通信の確保”“電子戦実施”のためとして周波数の使用統制や電波管制があげられています。
注・自衛隊法一〇三条――自衛隊の「防衛出動」時に「物資の収用等」ができるとした規定。それにもとづく政令がまだつくられていないままになっています。
別項1=自衛隊法一〇三条で可能とされる措置
(1)病院、診療所などの施設の管理(2)土地、家屋、物資の使用(3)物資の生産、集荷、販売、配給、保管、輸送に従事する業者に対する取扱物資の保管命令、またはこれらの物資の収用(4)医療、土木建築工事、輸送業者に対する従事命令。
別項2=強制動員の対象(災害救助法施行令に準ずる)
(1)医師、歯科医師または薬剤師(2)保健婦、助産婦または看護婦(3)土木技術者または建設技術者(4)大工、左官、またはとび職(5)土木業者または建設業者、従業者(6)地方鉄道業者、従業者(7)軌道経営者、従業者(8)自動車運送事業者、従業者(9)船舶運送業者、従業者(10)港湾運送業者、従業者。
別項3=在日米軍の「有事」支援要求(統合幕僚会議の内部文書から)
●民間業者の動員
・大量の軍事物資、弾薬などの輸送(トラック千数百台)
・公共岸壁でパイロット、タグボート、船舶修理、荷役人の支援
・民間空港における労務
●物資の確保や保管
・NEO(非戦闘員避難)支援用寝具約三万セット
・荷役器材(クレーン、フォーク計百十四台)
・コンテナ(沖縄八百六十五、佐世保二百四十、岩国二百二十八)
・木材、こん包器材などの港湾用資器材
●施設の使用
・民間空港の使用
・公共岸壁の確保や湾岸地域での事務所確保
・資材保管地域の確保
●行政機関、自治体への要求
・給水、給電、ゴミ処理、汚水処理などの支援
・二十四時間通関体制
・民間空港での通信、宿泊給食
●特例措置
・弾薬輸送にかんする関係法規の緩和または特例措置
※民間空港、港湾の名前もあげられています。
「日本にとっての最大の『備え』は憲法九条」(七日、衆院本会議での志位和夫委員長の代表質問)です。ところが、小泉内閣は、報復戦争に参加するなど日本を戦争する国にしようとしています。
そのうえ、一部の国を「悪の枢軸」と決めつけ、報復戦争を世界各国に拡大すると宣言したブッシュ大統領に、反対するどころか、唯々諾々と従う姿勢を崩していません。このような姿勢が、アジア各国に強い不安を抱かせているのです。
こうした卑屈な米国追従外交から抜け出して、憲法九条を生かした自主・自立の平和外交に転換することこそ、二十一世紀に日本が生きる道ではないでしょうか。
いまの自衛隊が創設されたのは一九五四年七月。それから約五十年間、歴代の内閣は「自衛隊が何のために一体あるのだ、これはもう有事のためにこそある」(福田赳夫首相、七八年十月)などといって、有事法制の整備を狙ってきました。
そのなかには、自衛隊と統合幕僚会議がひそかに、朝鮮半島での戦争を想定して、国家総動員体制をどうつくるかを研究した「三矢研究」(六五年)のように国会で暴露され、国民の批判を浴びたものもありました。
福田内閣の七八年八月からは本格的に「研究」に着手。八一年と八四年に「中間報告」を出しています。
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