2002年9月26日(木)「しんぶん赤旗」
政府は秋の臨時国会で有事法制三法案の成立を狙って、「二年以内」に整備するとしていた個別法のうち、「国民保護法制」の骨格を示すとしています。国民の「保護」を強調することで、有事法制への批判をかわし、一部野党を「修正」協議に引き込もうという考えです。この「国民保護法制」の本質は何か、戦前の「船舶保護法」の経験をふりかえりました。(山崎伸治記者)
日米開戦を前にした一九四一年三月、「船舶保護法」という名の「保護」法制がつくられました。戦前の軍事・戦時法令は「『国民の擁護法』ではなく…軍事もしくは公共の目的をもつ統制法」で、民間の“保護”を明記していたのは「防空法」と「船舶保護法」だけだったといいます(米丸嘉郎「わが国の旧憲法下における緊急事態法制」、『防衛法研究』第二十四号)。
たしかに「船舶保護法」は全十二条のうち、第一条で「敵襲その他の軍事的危害に対し船舶を保護する」ことを目的としています。
しかし同法は、「海軍官憲は戦時事変その他の場合に於て…臨機必要なる指示を為(な)す」ことができる(第二条)とし、第三条以下も「海軍大臣」などが平時からの軍事的準備や船舶の検査などを指示できると規定。さらに、船長が海軍の命令にしたがわない場合(第五条)、乗組員が船長の命令にしたがわない場合(第六条)について、それぞれ罰則を定めています。(別項に抜粋)
軍の命令を強制して民間船舶を統制するというのが「船舶保護法」の狙いでした。
同法が制定されたのは、日本が米国、英国に宣戦を布告する九カ月前。政府は来るべき対米戦争での船舶の被害を想定し、その運航を統制する体制の確立を迫られていました。
そして同年七月には商船の徴用(軍事目的のため、物資などを取り上げること)が始まり、十二月の開戦時には、陸軍に五百十九隻、海軍に四百八十二隻、民需用に千五百二十八隻が割り当てられました。
「船舶保護法」は軍に徴用されなかった民需用船に適用され、同法にもとづいて、海軍の兵士が乗り込み、船長に命令するなどしました。徴用と「保護法」による統制で、民間船舶は完全に軍の統制下におかれたのです。
ところが日本の海軍には、そもそも商船を「保護」するという考えはありませんでした。
日本は商船(一〇〇総トン以上)二千五百六十八隻、就航船の88%を失いました。米国の商船喪失九十隻に比べても、日本の被害は甚大でした。戦死した船員も六万二千人。商船船員の死亡率は30・14%で、陸・海軍人の死亡率21・18%を大幅に上回りました(全日本海員組合編『海なお深く』)。
「船舶保護法」は日本の商船隊を保護するどころか、戦争に文字通り根こそぎ動員し、ほぼ壊滅させる結果をもたらしたのです。
政府がいま狙う「国民保護法制」も、国民の避難や誘導などを名目に、強制的に国民の戦争動員を具体化するものになるのは間違いありません。
軍隊はボディーガードではありません。要人を警護するSPは、最悪の場合、自分が撃たれることを覚悟して盾にもなる。ところが軍隊は、敵方の戦闘能力をそぐことに本来の目的があるわけで、「国民保護」のためのボディーガード役にはなってくれない。
軍隊は、最も効率よく敵を倒し味方の損耗を最小限にするために行動するわけですから、国民保護、避難・誘導といっても、この基本条件の範囲のなかで行われると見ておく必要があると思います。したがって、どうしても国民の行動を強制的に統制する必要が生じるし、国民の諸権利と衝突せざるを得ない。
現在、有事法制論議のなかで「国民保護法制を優先すべきだ」などの意見が浮上してきていますが、例えば有事の際に自衛隊が国民の身代わりになって守ってくれるという意味で「国民保護」を理解しているとすれば、それは幻想です。国民保護法制といっても結局のところ、国民の諸権利を制限するものにしかならないと考えておくべきです。それを「保護」といっているのは、問題の本質を言葉巧みに隠す常とう手段ですね。
私たち船員にとって、有事法制と聞けば思い出すのは国家総動員法にもとづく「船員徴用令」であり、国民保護と聞けば「船舶保護法」のことを想起します。この旧船舶保護法ですが、保護の名目を掲げながら、その内容はひたすら「軍の言うことを聞け。逆らえば処罰」というもので、とても分かりやすく明快です。
海上では、陸戦法規(ジュネーブ四条約など)と違い、海戦法規によって軍艦も民間船舶も区別なく、「軍事目標」として攻撃の対象になります。
まして軍事補給や輸送に民間船が組みこまれれば、軍の補助船舶と同一視されるし、軍艦や航空機の護衛を受ければ、それだけで軍事目標となる世界です。(相手側に)能力と意図さえあれば、私たちの職場(船舶)が日々攻撃にさらされるようなことはごめんだと「有事法制反対」の声をあげているのです。
戦前の「船舶保護法」=抜粋
第一条 本法は戦時事変その他の場合に於て帝国の通商航海に脅威を受け又は受くるの処あるとき敵襲その他の軍事的危害に対し船舶を保護するをもって目的とす
第二条 海軍官憲は戦時事変その他の場合に於て船舶保護上必要あるときは命令の定むる所に依り運航業者、船舶所有者又は船長…に対し船舶の航海、碇泊、通信、装備、乗組員、乗客、積荷その他に関し臨機必要なる指示を為すことを得
第三条 海軍大臣は戦時事変その他の場合に於ける船舶保護の為必要あるときは命令の定むる所に依り運航業者又は船舶所有者…に対し船舶の整備に関し必要なる指示を為すことを得
海軍大臣前項の命令を発し又は同項の指示を為さんとするときは関係各大臣…に協議すべし
第五条 第二条又は第三条第一項の指示に従はざる者は二年以下の懲役又は二千円以下の罰金に処す
第六条 船長が第二条の指示に依りて為す職務の遂行を妨げたる者は六月以下の懲役又は五百円以下の罰金に処す