2007年6月9日(土)「しんぶん赤旗」

武士道をどう考える?


 〈問い〉 5月15日付学問文化面「朝の風」に、山形・鶴岡市の小竹輝弥氏が大叔父・山口白雲から、「武士道とは信念を変えないことだ。お前は共産党を貫け」と励まされたという逸話が載っていました。これに関連してですが、武士道は封建時代の武士の規範であり、殿様への「忠」などすでに滅んだものもありますが、八犬伝の「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の八徳や敢為、不撓(ふとう)不屈、剛毅(ごうき)など、今にも引き継がれる道徳も多いという気がします。日本共産党が提唱する市民道徳にもこれが引き継がれている感じがしますが、どうなのでしょうか。(神奈川県・読者)

 〈答え〉 映画「ラストサムライ」が話題になって、新渡戸稲造の『武士道』が注目されました。著者の真意は、封建社会の中で受けつがれてきた徳目を、明治の新しい社会に合理的に受け継ぐことにありましたが、「家父長制」を前提としておいていたために、その継承・発展に成功しませんでした。今日の時代に「武士道」精神が一般に使われなくなったのは、その土台である「家父長制」そのものが崩壊したことによるものだといえるでしょう。

 質問にあるように「信念を貫く」という徳目も、今日の時代では民主的社会の形成のために「信念を貫く」ということが大切だと思います。「武士道」とか八犬伝の徳目なども「国民が主人公」とした市民道徳に照らして考えていくことでなければなりません。

 日本共産党は、「市民道徳」について、「みんなの協力を大事にしながら、自分の責任は自分ではたす自立心を養う」「親、きょうだい、友人、隣人へのあたたかい愛情を育てる」などを守り発展させることを提唱しています。これらの「市民道徳」は、「国民主権」をうたった憲法と教育基本法の民主的原則からみちびきだされたものです。

 いわゆる「武士道」精神の中にも伝統的な徳目も含まれていますが、根本は“忠君愛国”の身分差別の社会秩序を目的とした徳目であり、現代の民主的な社会の形成者の徳目としてふさわしくありません。

 日本共産党は、社会のあらゆる場で、健全な市民道徳を形成する先頭に立つとともに、民主的社会の形成者にふさわしい市民道徳の基準を、国民的な討論と合意で確立していくことを呼びかけています。(鳥)

 〔2007・6・9(土)〕


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