2007年6月27日(水)「しんぶん赤旗」
池田大作氏の37年前の「猛省」とは?
〈問い〉 創価学会はかつて、言論出版事件をおこして、それを池田大作氏は「猛省」したということですが、どんな事件でどんな反省をしたんですか? それに照らすと今日の創価学会の選挙運動はどうなのですか?(東京・一読者)
〈答え〉 創価学会・公明党の言論・出版問題とは、1969年に評論家の藤原弘達氏の著書『創価学会を斬る』にたいする出版妨害から明るみに出た事件です。
公明党の竹入委員長(当時)は、自民党の田中角栄幹事長(当時)を動かし、『創価学会を斬る』の出版を思いとどまるよう、また出版された場合にはその大部分を公明党に買い取らせるよう、藤原氏にくりかえし申し入れました。藤原氏がそれを断ると、取次店に手をまわして取り扱いを断らせ、本が店頭に出ないようにしました。この問題が表面化すると、藤原氏のほかにも、公明党・創価学会を批判したために、買い取り、取り次ぎ拒否、脅かしなどのあらゆる手段で、事実上、闇に葬られた本が数多くあることが判明しました。
「赤旗」がこの問題のキャンペーンをはり、広範な知識人・文化人が言論・出版妨害事件の糾明に立ち上がりました。70年1月の国会では日本共産党はじめ野党がこの問題をとりあげ、各紙社説も真相究明をもとめ、批判が広がりました。
公明党・創価学会は言論・出版妨害を「デマ」とごまかし、日本共産党には非難中傷を集中しましたが、国民的な世論と運動の前に、ついに70年5月3日に池田会長が創価学会本部総会で「猛省」講演をおこなうにいたったのです。
この講演で池田氏は、言論妨害という意図はなかったと言い訳しつつ「今後は、二度と、同じ轍(てつ)を踏んではならぬと、猛省したい」と「おわび」の言葉をくりかえしました。創価学会と公明党を明確に分離すると国民に約束し、「かたくなな反共主義を掲げるものではない」とも述べました。
ところが、31年後の聖教新聞で池田氏は、言論問題は「仏敵」にたいする正義の闘争だった、と正面から開き直ったのです。
公明党の政権参加によって権力についたこの集団は、自民党の悪政をリードするとともに、池田氏が陣頭指揮をとっての「政教一体」ぶりは、いよいよ羽目がはずれ、日本の民主主義の前途に重大な危険をもたらしかねないものとなっています。(平)〔2007・6・27(水)〕