2007年7月3日(火)「しんぶん赤旗」
焦点 論点
「慰安婦」決議と安倍政権
「価値観の共有」という幻想
米下院外交委員会が「従軍慰安婦」問題で日本政府の公式謝罪を求める決議案を圧倒的多数で採択したことにたいし、日本政府は「外国の議会のやることだから」(塩崎官房長官)と冷静さを装っています。安倍首相にいたっては、「米議会で採択されるたくさんの決議案のひとつ」と事柄を小さく見せようと懸命です。
しかし、いかに事態から目を背けようと、安倍首相らが「かけがえのない日米同盟」「揺るぎない同盟関係」と最大限の表現でたたえてきた当の相手国から、日本政府は反省すべきだとの糾弾を突きつけられたのです。政権にとって、日本外交の重大失点であることは隠しようがありません。
重要なのは、この異例な事態を招いたのがほかならぬ安倍首相自身であり、安倍政治がこれを促進・助長してきたという事実です。
本紙六月三十日付の国際面で、決議案を採択した米下院外交委員会の審議の様子が、十七議員の発言を紹介する形で詳報されています。それを一読すれば、今回の決議が日本政府にたいし“戦争責任と正面から向き合え”と求めたものであることがよく分かります。
歴史認識に直結
ラントス外交委員長は「歴史をゆがめ、犠牲者に罪をなすりつけようとする日本の一部の人の試み」への憂慮を表明しました。議員たちが「憂慮」した事態は三つあります。
今年三月の「従軍慰安婦」の強制性を否定した安倍首相の発言。ワシントン・ポスト紙に載った強制性を否定し「慰安婦=公娼(こうしょう)」だとする自民、民主両党議員らの意見広告。そして、教科書から沖縄戦での「集団自決」で日本軍の強制を削除した問題です。
決議採択の推進力となった事態は、いずれも安倍政権の下での歴史認識に直結するものばかりです。この点からだけでも、「コメントするつもりはない」(安倍首相)などという無責任な態度は許されません。
今回の決議が、日本政府が手放しで礼賛する同盟の相手国から突きつけられたという事実も注目されます。
一月の施政方針演説に「自由、民主、人権といった基本的価値観を共有する国々との連携」をうたったように、「価値観の共有」は安倍首相のいわば“おはこ”です。
ところが、安倍氏が「戦後レジーム(体制)からの脱却」を標榜(ひょうぼう)し始めて以来、識者の間でこの「価値観の共有」に疑問符がつき始めました。
同盟関係に影響
その端的な現れが、コロンビア大学教授、ジェラルド・カーティス氏の発言でした。「戦後レジームからの脱却」は「世界中にたいへんな誤解を招くことになるでしょう。民主主義国のリーダーが自分の国のレジームチェンジ(体制変革)を訴えるなどというのは、理解に苦しみます」(「朝日」四月二十二日付)。
首相の「慰安婦」発言が問題になった時、「この問題の米国での影響を過小評価するのは誤りだ」「同盟関係に破壊的影響が出る」と警告したのは、シーファー駐日米大使でした。日本の総合雑誌も「日米同盟を脅かす慰安婦発言」という大特集を組み、「安倍政権はアメリカと価値観を共有しているとは思われていない」と明言する論文まで登場しました(『中央公論』五月号)。
「戦後レジーム」発言と歴史認識の問題は一体です。野蛮な侵略戦争と暗黒の戦時体験の否定から出発した、日本国憲法に象徴される戦後体制を否定して、どこに行くのか。先の戦争は正しかった、それをたたかった当時の日本は美しい国だった、その国をもう一度――という道が、戦後世界が共有する「自由、民主、人権」の価値観といえるでしょうか。
憲法改悪と戦前回帰の国家づくりをめざす「靖国」派政治は、いま各分野で国民との矛盾を広げています。そればかりか、頼みにする同盟国からも異質に見られるように、国際的に通用しない孤立の道であることが、今回の事態でいよいよ明らかです。(近藤正男)
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