2007年8月4日(土)「しんぶん赤旗」

経済時評

「攻めの農政」とトロイの木馬


 参院選最終盤の七月二十六日、日本から中国へのコメ輸出が再開されたというニュースが報じられました。相次ぐ事務所費疑惑で辞任することになる赤城徳彦農水大臣が、北京市のスーパーで新潟県産コシヒカリや宮城県産ひとめぼれを宣伝している映像もテレビで流されました。

 安倍晋三首相は、農村部での遊説では、コメやリンゴの輸出を例にあげて「攻めの農政」を訴えました。

 「攻めの農政」とは、農水産物の輸出をてことして、農政全体を“攻勢的に転換する”ことだといいます。それは、小泉内閣の「食料・農業・農村基本計画」(〇五年三月)で打ち出され、同計画推進本部が「21世紀新農政の推進―攻めの農政への転換」をかかげて、鳴り物入りで宣伝している農業政策です。

 コメなどの農産物輸出や「攻めの農政」をどう考えるか。そのねらいは何か。

純国産農産物の輸出は、農業生産額の0・09%にすぎない      

 日本からの農産物の輸出では、たばこやアルコール飲料を除けば、リンゴ、ナガイモ、小麦粉、緑茶などが上位品目です。

 リンゴをみると、〇二年の二十七億円から、〇六年には約二倍の五十七億円に増えています。しかし、リンゴ総生産額に占める輸出の割合は3〜4%です。

 日本のリンゴやコメの味の良さ、品質の良さは、日本人のわれわれ自身がよく知っています。日本の農産物が味の良さを買われて海外に輸出されることは、日本農業のすぐれた技術や、健康に良い日本の食文化の表れであるともいえるでしょう。

 安倍内閣は、三千七百三十九億円(〇六年)の農水産物輸出を、二〇一三年までに一兆円に拡大する目標をかかげています。

 しかし、現在の農水産物の輸出の大半は、水産物、インスタントラーメン、清涼飲料水などの食品加工メーカーの製品です。リンゴ、ナガイモ、コメなど純国産農産物の輸出はわずかに八十億円程度(〇四年)で、農業生産額の0・09%を占めるにすぎません。

 もともと、純国産の農産物の輸出は、海外の一部の富裕層をねらった、きわめて限られた販路のものです。今回、中国に輸出されたコメも、中国の国内価格の二十倍から三十倍だといわれ、海外の一般庶民の口に入るものではありません。

 官民一体で設立された「農林水産物等輸出促進全国協議会」の会長は、キッコーマンの茂木友三郎会長で、会員にも農水産業の関係者だけでなく、食品業界、流通業界、外食業界、財界の代表がずらりと顔をそろえています。輸出拡大で利益をあげるのは、農民というより、食品業界や流通業界だからです。

「攻めの農政」は農産物貿易の自由化と一体     

 農水産物の輸出促進に力を入れることは、そこだけをみると悪いことのようには見えません。しかし、農水産物の輸出をてことして農政全体を“攻勢的に転換する”ということになれば、話はまったく違ってきます。

 「攻めの農政」では、「日本の農産物の輸出拡大のためには、輸入も自由化しなければならない」、「農産物の輸出競争力強化のためには、農業の株式会社化が必要だ」などという“農政転換”を意味するからです。

 小泉「構造改革」を推進した竹中平蔵慶応大教授は、農産物輸出の条件について、次のように明快に述べています。

 「農政は根本的に直さなきゃいけない。その意味で故松岡(利勝)大臣が言っていた、日本を農業の輸出国にするというのは間違いではないんです。そのためには思い切った自由化をして、株式会社化も進めるべきなんです…」(『週刊東洋経済』七月二十八日号)。

 また、日本経済新聞は、「コメ輸出再開てこに『攻める農業』を」という社説をかかげ、「コメの輸出は農業関係者の意識改革を促す意味もある」「コストを下げるためには大規模農家に耕地を集約し、経営効率を高めるしかない」「農産物の輸入自由化は不可欠であろう」と論じています(同紙、七月二十五日付)。

 現実に、政府は、「攻めの農政」のもとで、圧倒的多数の家族経営を保護の対象からはずし、ごく一部の大規模経営だけを対象にする「品目横断的経営安定対策」を強行しています。農産物の関税撤廃を求めるオーストラリアとの自由貿易協定の交渉開始も決めています。

 しかし、かりにいま関税を撤廃したらどうなるか。農水省の試算では、農業生産は三兆六千億円減、米生産は90%減、食料自給率は40%から12%へ低下する、となっています。

農政の根本的転換を促進する「トロイの木馬」   

 「攻めの農政」で攻めようとしている対象は、実は海外市場ではなくて、国内の圧倒的多数の家族経営農家にほかなりません。

 「攻めの農政」という政策スローガンの危険性は、こうした農政転換の本質を国民の目から覆い隠し、農政を「自由化」路線、「構造改革」路線に完全に屈服させるために、農政の内側に送り込まれた「トロイの木馬」(注)になる恐れがあることです。

 農水省の〇七年度予算では、「攻めの農政」の名で、「輸出促進対策の強力な推進」として、前年度比七・六倍の七十六億円が組まれています。しかし、コメやリンゴの輸出を拡大することと、「攻めの農政」の名による農政転換とは、基本的に次元の異なる問題です。

 農水省は、WTOの農業交渉などでは、たてまえの上では、農産物の自由化圧力に「守るべきは守る」という姿勢をとってきました。ところが、「攻めの農政」のもとでは、こうした立場そのものも根本的に“転換”されようとしています。

 リンゴやコメの輸出拡大を看板にかかげた「攻めの農政」の危険な内容と、その「トロイの木馬」的役割を、けっして見誤ってはならないでしょう。(友寄英隆)


(注)「トロイの木馬」とは、トロイ戦争のさいに、ギリシャ軍が巨大な木馬に兵士を忍ばせてトロイ城内に送り込み、トロイを攻略した話。最近ではパソコン用語として、ネットワークを介して他人のコンピューターに忍び込んで勝手にファイルを操作・破壊する偽装プログラム(ウイルス)のことを「トロイの木馬」と呼んでいる。


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