2008年1月8日(火)「しんぶん赤旗」

経済時評

「世界一」と「過労死」のトヨタ


 昨年十二月、トヨタについての二つのニュースが世界をかけめぐりました。

 一つは、トヨタの二〇〇七年の生産実績見通しが九百五十一万台(ダイハツと日野を含む)となり、GM(ゼネラル・モーターズ)の九百二十六万台を抜いて、初めて世界一になったというニュースです。GMは、一九三一年以来、七十七年間も維持した首位の座を明け渡すことになりました。

 もう一つは、トヨタ自動車で働いていた内野健一さんが過労死した事件の裁判で、原告の妻、博子さんが名古屋地裁で全面勝訴したというニュースです。ロイターやAP通信、CNNテレビ、経済専門誌など海外マスコミは、内野さんが月百時間以上の「サービス残業」を強いられていたというトヨタの労働慣行の異常ぶりを詳しく報道しました。

トヨタ式“ものづくり”と超高利潤率

表

 第一のニュースに関していえば、トヨタはどのようにして生産台数世界一になったのか。

 トヨタは“ものづくり”の方法を極限まで効率化し、「よい品質で安い商品を、売れるときに、売れる量だけ作る」というトヨタ式生産方式をあみだすことによって国際競争力を強化し、GMなどの販路を奪いながら世界市場でのシェアを拡大してきました。

 トヨタ式生産方式は、たしかに自動車の品質向上(不良品の排除、燃費の効率化など)を“ものづくり”の基本にすえています。しかし、同時にそれは、「乾いた雑巾をさらに絞る」とか「徹底的に無駄をなくすかんばん方式」などといわれるほど過酷な労働強化やコスト削減で支えられています。

 十九年間も系統的にトヨタ取材を続けてきた「しんぶん赤旗」の岡清彦記者は、トヨタの異常なもうけぶりの秘密を、最近まとめた『トヨタ 世界一の光と影』(いそっぷ社)のなかで、あますところなく暴き出しています。

 トヨタ資本がいかに効率よくもうけているかを示す総資本利益率でも、トヨタはGMを大きく超えています。総資本利益率は、売上高利益率×総資本回転率で計算されますが、別表のとおり、利益率でも回転率でも、トヨタはGMよりはるかに高い水準です。

「カローシ」は「HARA‐KIRI」とは違う

 第二のニュースに関していえば、イギリスの経済誌『エコノミスト』(〇七年十二月十九日号、電子版)は、「日本の過重労働による死」という論評の冒頭で、こう書いています。

 「HARA‐KIRI(腹切り)は、自殺の日本独特の形態である。その日本企業における表れが“karoshi”(過労死)である」

 この論評では、トヨタの内野さんの過労死裁判をもとに、「日本の労働者は死ぬまで働いている」「こうしたハードワークこそ、戦後日本の経済的奇跡のコーナーストーン(礎)である」と指摘しています。

 『エコノミスト』の論評は、一面では「ルールなき資本主義」といわれる日本の過重労働の実態を厳しく告発しています。しかし、他面では不正確な点もあります。現代日本の「過労死」の本質は、封建時代の“腹切り”との類推で説明されることではないからです。

 よく知られているように、マルクスは、『資本論』のなかで十九世紀前半のイギリスの「過労死」の実態をとりあげ、それが「資本の搾取欲」からきていると分析しています(注)。

 日本の「過労死」の問題性は、こうした十九世紀前半のイギリスと同様に、「資本の搾取欲」を抑制する社会的ルール、国家的規制がきわめて不十分であること、まさにそこにトヨタに代表される現代日本企業の労働慣行の根本問題があることを示しています。

「世界一トヨタ」は、どこへゆく

 ところで、ついに世界一にまで登り詰めたトヨタは、これから先、どこへゆくのか。

 第一に、「世界一トヨタ」を支えてきたトヨタ式生産方式に危険信号がともっています。その一つの表れが内野さんの過労死に象徴される過酷な労働強化の問題です。「過労死のトヨタ」と「世界一トヨタ」は、両立するものではありません。トヨタの“ものづくり”の核心である品質と安全性への信頼も揺らいでいます。近年、トヨタ車のリコール件数は、〇一年の四件四万五千台から〇五年には十四件百九十二万七千台へと激増しています。

 第二に、トヨタがこれから後もなお生産拡大を続けていくためには、国内市場はほぼ限界にきており、海外での生産と市場を急速に拡大していかねばならないでしょう。すでにトヨタ単独の海外生産比率は国内生産を超えており、従来と同じように世界市場でのシェア拡大を追求し続ける限り、いちだんと多国籍企業化の道を進まざるを得なくなります。

 第三に、世界の自動車産業では、不振にあえぐ米国のビッグスリーを中心に、新たな提携・合併の大再編が起こる可能性があります。もし鉄鋼産業のように世界企業同士のM&Aが進展したなら、一夜にしてトヨタよりはるかに巨大な世界企業が生まれることもありえます。いずれにせよ、トヨタをめぐる国際競争戦は、いっそう厳しくなるでしょう。

 第四に、トヨタがグローバル競争で「ひとり勝ち」を続けたとしても、二十一世紀の自動車産業は、地球温暖化防止という全人類的な最優先課題に直面しています。「世界一トヨタ」が率先して、従来の生産拡大路線を再検討することが求められています。

 いずれにせよ、「世界一トヨタ」の社会的責任は、グローバルな規模で重くなっていくことはまちがいありません。(友寄英隆)


 ()マルクスは、『資本論』第1巻で、資本の異常な搾取欲による過度労働が過労死をもたらすと、次のように告発している。

 「資本は労働力の寿命を問題にはしない。それが関心をもつのはただ一つ、一労働日中に流動化させられうる労働力の最大限のみである。資本は、労働力の寿命を短縮することによってこの目的を達成する」(『資本論』新日本新書(2)、456ページ)。


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