2008年1月21日(月)「しんぶん赤旗」

ゆうPress

今、ここにある「蟹工船」

小林多喜二 命懸けたメッセージ


 「おい、地獄さ行ぐんだで!」―。この一節で始まる小林多喜二の「蟹工船」(1929年)が今、若者の間で新たな読み継がれ方をしています。今年は日本共産党員でプロレタリア作家の小林多喜二生誕105年・没後75周年に当たります。75年のときを超え、多喜二は現代の青年に何を語りかけるのでしょうか。平井真帆


「自分と同じ」若者が愛読 初版完売

 2006年から2007年にかけて、『30分で読める…大学生のための マンガ蟹工船』(東銀座出版社)、『まんがで読破 蟹工船』(イースト・プレス)が相次いで出版されました。

名前は知ってる

 いずれも売れ行きは上々。東銀座出版社によると、初版の5千部は1カ月ほどで完売。「若い読者を中心に」広く読まれ、現在3刷を数えています。

 埼玉県在住の鈴木秋男さん(24)=仮名=は昨年、『マンガ蟹工船』を買って読みました。それまで多喜二については「名前だけは知っている」程度。

 鈴木さんは常に2、3の仕事を掛け持ちしています。仕事先でひざの半月ばんを割るけがをしたときには、収入が途絶えました。

 働いても働いても、お金が残らない。「蟹工船」を読んで、「形は違うけれど自分たちも搾取されている。自分と同じだ」と思いました。

 「搾取される側の人たちが自分たちを守るために立ちあがる。一度失敗するけれど、そこからまた立ちあがる」。そんなシーンが印象的で、1年たった今でもよく覚えています。

海外からも応募

 昨年末、懸賞総額200万円をかけ、25歳以下の「『蟹工船』読書エッセーコンテスト」が開催されました。

 「多喜二が『蟹工船』を書いたのが26歳のとき。多喜二の同世代に読んでみてほしかった」。コンテストを主催した白樺文学館多喜二ライブラリーの佐藤三郎さんはこう話します。

 結果は近日ホームページ上で発表される予定ですが、約120人の応募者の中には、フランスの高校生や中国の大学生など、海外からの応募も多数あったといいます。

 選考委員会委員長の島村輝さんはコンテスト全体を通しての特徴を、「『蟹工船』の世界は昔のことではなく、今起こっていることであ」り、「『団結』の困難さと、それを打開する意志を表明したものが目立った」と、評しています。

 人を人として扱わない奴隷労働がつぶさに描かれた「蟹工船」を、「自分と同じ」「よくわかる」と語る現代の青年たち。「団結し、立ち上がろう」と呼びかける多喜二の命を懸けたメッセージが時代を超えて再び、彼らに響いているのです。

「蟹工船」って?

 「蟹工船」(かにこうせん)とは、北洋でとったカニを鮮度の落ちないうちに船の中で加工する「移動缶詰工場」のような船です。

 1920年ごろから始まり、しだいに大型船にかわってゆき、軍艦の護衛をうけソ連の領海まで進出しました。

 「蟹工船」の労働条件はすさまじく、不潔な船内と粗末な食事、連日の超長時間・過密労働による病死や、絶え間のない監視と虐待が当たり前の奴隷労働でした。


 小林多喜二 1903年、秋田県大館市生まれ。特高警察の非道な弾圧を描いた「一九二八年三月十五日」でプロレタリア作家として注目される。1933年2月20日、特高警察に逮捕され、その日のうちに虐殺される。多喜二と面識のあった志賀直哉が日記に「不図、彼等の意図ものになるべしといふ気する」と書いたことはよく知られている。


派遣労働者の境遇に似ている

 作家で前全国労働組合総連合(全労連)専従者の浅尾大輔さんに聞きました。

 昨年の秋ごろ、派遣で働く首都圏青年ユニオン組合員の女性が私に「今、これを読んでいる」と、文庫本の『蟹工船』を差し出しました。私は非常に驚きました。

 携帯小説がはやり、純文学があまり読まれなくなっているなか、小林多喜二さんの小説を若い女性から見せられるとは、全く想定外のことでした。

 「蟹工船」が長い歴史の“射程距離”を持った小説として再び評価されているのには、いくつか理由があると思いました。

 「蟹工船」に描かれている労働者の状態は、今の派遣労働者と非常によく似ているからです。

 就職先を紹介するときに「ピンはね業者」がいる、期間限定の労働者である、お金を稼ぐ前に一定の借り入れ(借金)ができる、厳しく監視されている、セクハラ・パワハラが横行している…。

 上司から暴力を振るわれる労働者もいて、「生死をかけた労働」という点でも非常に共通している。労働者が皆バラバラにされ、団結しないように仕組まれている点も。

 「寝袋を持参し、職場に泊まり込みで仕事。居眠りをしていたら『寝るな』と殴られ歯が折れた」「正社員と同じ仕事をしていても、文句を言ったら即日、雇い止め」

 私たちの下には、このような労働基準法以下の相談が次々に舞い込みます。彼らはプライドを傷つけられ、人間性を否定されています。

 青年ユニオンが解決しても解決しても、雨後の竹の子のごとく、脱法行為をする企業が後を絶ちません。絶望感に襲われることもしばしばです。

 しかし、おびえきってうなだれていた青年が労基法を学ぶ。勇気をだして面を上げ、団体交渉という権利を行使して会社に挑む。その姿に私は希望を見いだしています。

 「蟹工船」を読んだ彼女は、自分の働いている状況をきちんと代弁してくれる小説に初めて出会ったと、すごく感動したのではないでしょうか。たたかう私は間違っていなかったと…。

 これから全国各地で多喜二さんの文学と人生をふりかえるイベントが開催されます。このような愛され方をする作家を、私は多喜二さんのほかに知りません。なぜ、彼がこんなにも愛され続けるのか。ぜひ、作品を読んで考えてみてください。

 浅尾さんは、3月15日、東京のみらい座いけぶくろ(池袋駅東口5分)で開かれる「多喜二の文学を語る集い」の「青年トーク『蟹工船』を語る」に出演します。


第20回 多喜二祭

 東京都内では、「第20回 多喜二祭」が2月26日(火)杉並公会堂大ホールで開催されます。午後6時開場、6時30分開演。参加費は1200円(当日1500円)


お悩みHunter

奨学金返済に仕送り 全く貯金できません

  奨学金の返済や家への仕送りで、毎月やりくりが大変です。月収は手取りで約15万円。貯金なんか全然できません。友人は、みんな同じような状況だというのですが。(24歳、男性、東京都)

仲間とこの社会見すえて

  私のゼミ生が、親から自立したいと相談に来た折に、自活をすすめたところ、「先生無理です。奨学金のローン返済があるから」とうなだれました。300万円以上の借金を抱えて社会人のスタートを切らなければならない学生の現実を知った私は、「教育ローン」化した奨学金制度になさけなく思ったものです。

 ところが、あなたは、(1)高負担の奨学ローンを返済しつつ(2)東京で自活し、さらに(3)田舎の両親に仕送りまでしている。責任を持って働いている上に、3つもの重責を果たしている、こんなにすごい頑張りがあるでしょうか。私は、あなたの奮闘ぶりに思わず「すごいなァー」とうなっていました。「貯金なんかできない」のは当たり前です。これ以上の無理はできません。

 「若いうちの苦労は買ってでもせよ」と昔の人は言ったもの。が、今のあなたは、それを地でいっています。ただ、この苦労は、天災でも自然現象でもないということです。若者の生活と暮らしを大切にせず、企業本位の今日の「逆立ちした経済政策」がもたらしたものです。『年収崩壊』(森永卓郎著)によると「平均年収120万円の非正社員が、働く人の3分の1以上を占める」といいます。

 こんな政治を変える展望も仲間と共に両手につかみながら、この社会もしっかり見すえたいものですね。


教育評論家 尾木 直樹さん

 法政大学キャリアデザイン学部教授。中高二十二年間の教員経験を生かし、調査研究、全国での講演活動等に取り組む。著書多数。


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