2008年2月27日(水)「しんぶん赤旗」
僚船から海に花束
吉清さんの家族や友
イージス艦衝突
海上自衛隊のイージス艦「あたご」が漁船「清徳丸」に衝突した事件で、千葉県勝浦市の吉清(きちせい)治夫さん(58)と哲大(てつひろ)さん(23)父子が行方不明になったまま、前日に地元漁協による捜索が打ち切られた二十六日早朝、吉清さんの家族や哲大さんの友人は僚船三隻に分乗し現場に向かいました。
天候不良のため、沖合数キロの地点で、おにぎりや花束などを投げ入れ、「捜索ができなくなりました。勘弁してください」と、手を合わせたといいます。「益丸」で同行した、吉清さんと同じ番地に住むという七十四歳の男性は、「引きあげられなくてすみません」と、お酒と果物を海中に投じました。
この朝数隻の漁船が出港しました。「操業できることになったので、近場にヒラメをとりにゆくんだ」とエンジンを吹かします。操業できなかった間の補償や、捜索にかかった燃料費などは「一切、かしら(組合長)にまかせてある」と信頼の厚さをみせました。
地元の漁協川津支所の組合員は、数手に分かれ、この間、捜索に協力してもらった近隣の漁協などに、報告をかねたお礼のあいさつ回りをしました。
「今朝テレビでみましたが、調査船が見つけたホースは、多分、吉清さんの船のものと思う」と話すのは、漁協理事の市原義次さん(54)。「今回ああいうものが見つかったということは、それ以外のものも見つかってくるということで、期待が持てる」と語りました。
二十五日、明らかになった衝突前の「あたご」乗組員の漁船視認時間が二分前でなく十二分前だった点で公表が遅れた問題に関しては、市原さんは、「もともと、うちらが十二分前といっていたのを、後になって向こうがそういうようになってきた」とのべました。
「イージス艦艦長の調べをすすめることが先決」と熱っぽく語るのは、漁協支所前でコーヒーを飲んでいた男性。「本当はいいたいことは山ほどあるよ。いまになって、いろいろ理由をいいだしてきているが、いつも大きな船であることをいいことに、こっちの小さな漁船は大変なんだ。だから、おれたちは漁船同士で『いま、そっちに向かったよ』とか連絡をとりあって難を逃れているんだ」と話しました。
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