2003年3月4日(火)「しんぶん赤旗」
トルコ国会は一日、政府提出のイラク戦争のための同国への米軍駐留を認める決議案を否決。他方アラブ連盟首脳会議は同日、米国のイラク攻撃を拒絶し、平和的解決を求める声明を採択しました。これにより、イラクをとりまくすべての国が、「戦争反対」「協力せず」との政治的意思を表明したことになります。アラブでは、米軍基地を抱えた国があり、トルコでも今、米国が巻き返しを狙っています。予断は許しませんが、二つの出来事は現在の反戦・平和の国際政治の流れの広がりと、孤立する戦争主義者の姿をみごとに浮かび上がらせています。(ワシントン・浜谷浩司、ベルリン・片岡正明、外信部・田中靖宏、伴安弘)
トルコ議会が一日、イラク攻撃にあたる米軍の受け入れを拒否したことは、内外の反戦世論を反映したもので、米軍の攻撃戦略を左右するだけでなくイスラム諸国をはじめ各国の世論や国連安保理の動向にも影響を与えそうです。
「大衆の怒りが役割を果たした」。トルコの与党、公正発展党(AKP)のエルドアン党首が強調しました。莫大(ばくだい)な経済援助と引き換えに米軍受け入れを求めた政府提案に与党から百人近い反対がでることは予想外だったといいます。
米政府の提示は六十億ドルの経済支援と百億ドルの債務保証。「拒否すれば援助がフイになるだけでなく報復も予想される。経済破たん寸前のトルコにとって史上最大の試練だ」。現地のマスコミや専門家はそう警告していました。
そのなかで80%の国民がイラク攻撃に反対を表明。採決時にも数万人のデモが国会を包囲して「ノー」を叫びました。採決では、札束で横面をたたくやり方に反感を抱くトルコ議員も多かったといいます。
政府は再提出を検討しているものの、与党筋は「民主的な決定であり、再提出は難しい」とのべています。
米軍はトルコに六万二千人の地上部隊を派兵。イラク攻撃の「北部戦線」を開き、南部のクウェートからの攻撃と合わせ挟み撃ちにする計画でした。北部からの攻撃ができない場合は米軍の被害予想が三倍、戦費も一・五倍になるなど「トルコなしのイラク攻撃は想像もできない」(リチャード・パール米国防総省顧問)といわれています。
トルコ港湾には車両や弾薬、物資を満載した米艦船が次々と到着して接岸の許可待ち。可決を見越して一部は荷降ろし作業に入っていました。
米軍にとって大きな誤算。国防総省当局は「南部の戦線に回すことは困難ではない」としていますが、「落胆」を隠していません。トルコに展開予定の部隊と装備の大部分はスエズ運河経由でペルシャ湾岸に送ることになります。それだけで数週間が必要といわれ、時間的に大きな負担を強いられます。
軍事面以上に米政権が懸念するのは政治的な影響です。ブッシュ大統領が日ごろ口にするイラク攻撃の「有志の連合」(攻撃支持の諸国)は国内で強い反戦世論を抱えています。経済援助の圧力を拒否したトルコの事態はこの世論をさらに活気づけ「連合」のほころびにつながりかねません。
特にイスラム諸国への影響です。米政権にとってトルコを引き入れる政治的な目的の一つは、トルコがイスラム社会であること。対イラク攻撃がイスラム社会にたいする攻撃であると受け取られれば中東社会の反発は一挙に高まります。米国に手を貸す湾岸諸国にも打撃となります。
トルコの参戦と協力はそうならないための防波堤とみられていました。実際、中東の専門家は「アラブ諸国の政府はトルコの拒否を一番恐れている。クウェートやカタールなど米軍を受け入れている諸国の政府は裸の王様になりかねない」と指摘しています。
欧米のマスコミが「米政権に打撃」と一斉に報じるように、欧米の反戦世論をいっそう活気付けることは必至で、武力行使か査察の継続かで緊迫している国連安保理の協議への影響も予想されます。
アンカラからの報道によると、トルコの与党・公正発展党の幹部と政府閣僚の合同会議が二日開かれ、議会が米軍駐留の政府提案を否決した後の善後策を検討しました。エルドアン党首は「必要ならば議案の再提出をする」と語りました。
一方、ギュル・トルコ首相は議会の採決は民主的で「結果を尊重しなければならない」と表明しました。ギュル首相は「米国との友好関係は継続する」とのべ、イラクがトルコ議会の採決結果を「国連との共同行動(査察活動)を遅らす好機と勘違いしないように」と警告しました。
トルコの通信社は公正発展党のファツァ副党首が「ここしばらく議案の再提出はない」と語ったと伝えました。
国民の強い反対意見があり、修正案を再提出しても再否決の可能性もあります。また修正案が可決されたとしても、米軍の駐留開始日程に大幅な遅れが出るのは確実です。
トルコ 国土の97%を占めるアジア側のアナトリア半島と3%の欧州東南部からなる面積約七十七万九千五百平方`の国。人口六千七百三十八万人のうち、トルコ人が80%、クルド人が17%を占めます。99%がイスラム教徒。一九五二年に北大西洋条約機構(NATO)に加盟。欧州連合(EU)への加盟問題は人権抑圧問題などを理由に先送りされ、来年十二月時点で交渉開始時期が決まることになっています。
「イラクに対するいかなる侵略も完全に拒否する」。エジプトのシャルムエルシェイクで一日開かれたアラブ首脳会議の声明はイラク周辺諸国などに大規模な軍を展開しイラク攻撃の機会をうかがっている米国に政治的、軍事的に打撃となっています。
首脳会議には加盟二十二カ国のうち十一カ国の首脳が出席。開催国エジプトのムバラク大統領は、戦争で「大きな人的、物的損害」が出るだけでなく、「戦争が多くの周辺諸国に広がる恐れ」から「(戦争を容認するかどうかは)アラブ諸国の将来がかかっている」と警告しました。
声明は「イラクへの侵略」だけでなく、「いかなるアラブの国の安全保障に対する脅迫」も拒否するとし、暗に米国を非難、イラク問題を「平和的な道を通じて解決する」よう繰り返しています。イラク攻撃の準備を進めている米国にとって痛手なのは、声明が会議参加国に「イラクやいかなるアラブ国の安全保障や統一を標的にする軍事攻撃への参加」も自制するよう呼びかけ、クウェート、カタール、バーレーンなど米軍が駐留している諸国が、これを支持したことです。
米国がイラク政権の交代を求めているなか、会議でアラブ首長国連邦がフセイン・イラク大統領の亡命を求める提案を出したことをめぐってアラブの「不一致」という見方も一部にありました。しかし、この提案が撤回された上で出された声明は、アラブ世界の変更は「外部からの影響を退け、国民の利益に沿って(アラブ)地域の人民が決定する問題だ」として、米国のくわだてを退けました。
アラブ連盟には二十二カ国が加盟しています。加盟国は次の通りです。
アルジェリア、バーレーン、ジブチ、エジプト、イラク、ヨルダン、クウェート、レバノン、リビア、モーリタニア、コモロ、オマーン、カタール、サウジアラビア、ソマリア、スーダン、シリア、チュニジア、アラブ首長国連邦、イエメン、モロッコ、パレスチナ。