2003年3月17日(月)「しんぶん赤旗」
世界の圧倒的な戦争反対の声のもとで孤立を深めながら、ブッシュ米政権がイラク攻撃をいよいよ強行しようとしています。イラク攻撃についての同政権のあれこれの理由付けに、世界は依然として首をかしげています。同政権が対イラク戦争に固執する背景はなんなのか。いくつかの側面をみてみました。(居波保夫、坂口明記者)
「これは好機だ」―一昨年の9・11対米同時テロが発生した直後にブッシュ大統領が繰り返し叫んだのが、この言葉です(ボブ・ウッドワード「ブッシュの戦争」による)。対米テロ攻撃は、米国への世界の同情を集め、世界の力関係を米国に有利に再編する絶好の機会だというのです。
米国を核攻撃できる軍事能力をもつソ連が崩壊して以後、米国は、圧倒的な軍事力、経済力を有する、残された唯一の超大国となっています。今日の米国の軍事費は、二位以下十五カ国すべての軍事費の合計を上回っています。この地位を可能な限り長期にわたり死守する、これが今の米国の戦略目標です。
この目標をライス大統領補佐官(国家安全保障担当)は昨年四月、「自由(世界)に有利な勢力均衡」の維持と表現。九月にホワイトハウスが発表した「国家安全保障戦略」も、この定式化を確認しています。
そのために、かつてのソ連のように米国に対抗する新たな敵の台頭を許さない、そのような敵となる可能性のある国や勢力は双葉のうちに摘み取るというのが、今日の米国の軍事戦略です。これは一昨年九月の「四年ごとの軍事態勢見直し(QDR)」報告、昨年八月の国防報告、九月の国家安全保障戦略で定式化されています。
この戦略の理由付けに使われているのが、テロとの結びつきや大量破壊兵器開発問題です。昨年一月の一般教書演説で反米国際テロ組織と「悪の枢軸」を形成していると非難されたイラク、イラン、北朝鮮が当面の潜在敵とされています。中国やロシアも視野に収めています。これらに対し核兵器使用も含む先制攻撃も辞さない方針です。
先制攻撃戦略の実行に米国が本気であることを示す格好の「好機」がイラク攻撃だ―これがブッシュ政権が対イラク戦争に固執する要因の一つとなっています。
中東は、今日の世界の石油確認埋蔵量の65%を有する重要地域です。そこで米国に対抗しうる敵の台頭を許さず、中東全体に米国に都合のよい体制をつくり上げるため、イラク・フセイン政権打倒で「見本づくり」をすることが公然と目指されています。
この目標を露骨に表明したのがブッシュ大統領の二月二十六日のワシントンでの演説です。
同大統領は、「(フセイン打倒後の)解放されたイラクは、数百万人の生命に希望と進歩をもたらすことにより、あの死活的地域を変革する自由の力を示すことができる」「イラクの新政権(樹立)は、域内の他の諸国の自由にとって劇的で活気を与える実例となろう」と言明。フセイン政権転覆をてこに、米国流の「自由」を中東全域に押し付ける意図を示しました。
ブッシュ政権は、フセイン政権の打倒を対テロ戦争の一環のように説明しています。しかし、フセイン政権打倒は、9・11対米同時テロ以前から構想されていました。
今から五年前の一九九八年一月二十六日、クリントン米大統領(当時)への意見書とも言うべき十八人の共同書簡が発表されました。クリントン政権の対イラク政策は成功しておらず、「何よりもフセイン政権を権力の座から追い払うことを目標とすべきだ」、国連の査察は役に立たない、フセイン打倒のために軍事力行使もためらうべきでない、と主張するものでした。
書簡に署名した十八人には、現在、ブッシュ政権の外交・国防分野で有力な地位を占める人物が多数含まれています。ラムズフェルド国防長官、ウルフォウィッツ国防副長官、アーミテージ国務副長官、ボルトン国務次官(軍備管理・国際安全保障担当)、ドブリャンスキー国務次官(地球規模問題担当)、ゼーリック米通商代表、カリザド国家安全保障会議(NSC)メンバー(湾岸・南西アジア担当)・アフガニスタン派遣特使の七人です。
当時イラクは、同国の大量破壊兵器に関する査察団の構成が米国寄りだと主張。大統領宮殿への立ち入りは拒否するとして、無条件査察受け入れを求める国連側と鋭く対立し、緊迫した局面にありました。
書簡は「フセインの協力に依拠」した政策は「危険なまでに不適切だ」と述べ、「外交が明らかに不調な現在、軍事行動をいとわないこと」「長期的にはフセインとその政権を取り除くこと」が必要であり、これを米外交政策の目標にして外交・政治・軍事の総力を動員するべきだと述べています。
その上で、「米国は既存の国連諸決議で軍事的措置を含む必要な措置を取ることができる」「安保理の満場一致という誤った主張で米国の政策が縛られてはならない」と強弁。「この政策の実行には危険と困難が伴うことを知っているが、実行しない場合の危険の方がはるかに大きい」と決断を迫っています。
五年前にこう唱えた署名者たちは今、現ブッシュ政権の中枢にあり、対イラク侵攻・占領・政権改変の道を突き進んでいます。
ブッシュ政権のイラク攻撃固執の背後に見え隠れするのが、同政権の石油戦略です。
石油掘削企業アルバスト・エネルギー社を設立したブッシュ大統領、石油関連企業ハリバートン社の最高経営責任者だったチェイニー副大統領、シェブロン(スタンダード石油カリフォルニア)の重役だったライス補佐官、石油会社トム・ブラウンの元経営者だったエバンズ商務長官…。
ブッシュ政権中枢は、米石油業界関係者で占められています。
同政権が発足後すぐ着手したのが、チェイニー氏らによる新エネルギー政策の作成でした。一昨年五月発表の同政策は、今後のエネルギー確保を同政権の戦略的課題として重視。規制緩和による石油・天然ガス増産と並び、国外石油資源の確保を目標として打ち出しました。
9・11同時テロ直後の米財界幹部との会合でブッシュ氏は、「石油産出地域に安定がもたらされる」ことが対テロ戦争の目的の一つだと説明しました(前掲書)。
国際エネルギー機関(IEA)によれば、急激な人口増加により二〇三〇年までの三十年間に世界のエネルギー需要は66%増加します。
国際石油市場に占めるペルシャ湾岸諸国の占有率は現在は三割弱。
しかし今後、北海油田の生産量の低下に伴いペルシャ湾岸地域の市場占有率は四―五割に達すると推定されています。
そこで重視されるのが、サウジアラビアに次ぐ世界第二位の石油確認埋蔵量をもつ国、イラクです。
「世界資源戦争」の著者、米ハンプシャー大学のマイケル・クレア教授は、「ペルシャ湾岸石油を米国の支配下に置かない限り、米国が世界の支配的大国としてとどまる能力は疑問に付されるだろう」(『フォーリン・ポリシー・イン・フォーカス』誌一月号の「来るべき対イラク戦争―ブッシュ政権の動機を読み解く」)と指摘。「サウジへの米国の依存を恒久的に減らす唯一の道がイラク石油の乗っ取りだ」とし、同政権がイラク攻撃に固執する背景はここにあると述べています。
同氏はまた、石油使用量の88%を中東に頼る日本など同盟諸国のペルシャ湾岸石油への依存度の高さからみても、同地域の石油の支配は同盟国を押さえつける上で意味があるとしています。