2003年4月8日(火)「しんぶん赤旗」
米国が進めるイラク戦争について、ハワード・ジン・ボストン大学名誉教授にききました。(ワシントンで山崎伸治)
米国はイラクを攻撃することで、国連憲章に違反しています。他国を攻撃できるのは自衛のための攻撃だけで、そのことは憲章五一条にあります。しかしイラク攻撃は自衛のためではありません。米国が攻撃し、米国が侵略している。
第二次大戦後にドイツの指導者たちがニュルンベルクで裁判にかけられ、欧州で侵略戦争を開始した罪を問われましたが、米国の指導者もイラクで同じことをやっているのです。
したがって法的観点では、米国にはよって立つ基盤はなく、極めて深刻な戦争犯罪を犯していると訴えられかねません。
米国政府は戦争目的で次々と主張を変えています。
最初は対テロ戦争だと主張した。しかしそれは通用しない。イラクが9・11の事件にかかわっていた証拠はないからです。
イラクが大量破壊兵器を持っているから米国は戦争するのだと言います。イラクはそうした兵器を秘密裏にもっているかもしれません。しかし数百人の国連の査察団がイラクを訪問したが、見つけられなかった。つまり現状では、イラクに大量破壊兵器保有の証拠はないのです。
さらに主要な議論でありながら中身がないと言えるのが、米国が戦争をするのは、サダム・フセインが独裁者で、米国はイラクに民主主義を確立したいからだ、という議論です。
サダム・フセインは独裁者ですが、一九八〇年代に米国に支援され、権力を握った独裁者です。米国はイラン・イラク戦争でフセインに化学・生物兵器を提供しました。
フセインは世界でただ一人の独裁者ではありません。世界には多くの独裁者がおり、なかには米国の同盟国もあります。どの独裁者に対しても戦争をしかけるというなら、二十の国と戦争をしなければならなくなります。ですから独裁者を倒すために戦争をするというのは意味をなしません。
イラクに民主主義をもたらすと言いますが、米国は第二次大戦以後、民主的でない国を支援し、その政権を温存し続けていました。中米ではキューバのバチスタ政権、ニカラグアのソモサ政権、ハイチではドゥバリエを政権にとどめました。一方で民主主義的に選ばれた政権を転覆したのです。一九五三年のイラン、一九五四年のグアテマラ、一九七三年のチリがそうです。ですから米国がイラクに民主主義をもたらすという主張には、歴史的な根拠はなく、米国が民主主義を確立できるという理由もありません。
また、いくら「スマート」な爆弾だといっても、都市を爆撃すれば、民間人を殺さないわけにはいきません。われわれが目にしているのは、戦争がますます残虐になっているということです。さらに皮肉なことに、米国はサダム・フセインの残虐さを指弾しますが、それは事実であっても、その残虐さに対抗するために米国が残虐になっている。
米国政府はすべてサダム・フセインが悪いといつも言います。それが政府の常です。ベトナム戦争では、女性や子どもが殺されれば「ベトコン(南ベトナム解放民族戦線)が手りゅう弾を子どもの服の中に隠していた」と言ったものです。罪のない民間人を殺してしまった時の口実にも使われました。彼らは民間人の死者について、いくらでも口実を設けようとするのです。
違法な戦争を始めておきながら、相手側の違法な行為を非難する。米国はイラクが捕虜の姿をテレビに公表したと攻撃しています。しかし、米兵がイラクの捕虜に銃をつきつけているところが新聞で報じられています。米国政府はあらゆる手立てを講じて、相手側が悪だと描こうとします。
なぜ米国政府指導者は戦争をしたがるのか。米国が世界で唯一の超大国であるとよろこんでいるのです。われわれに挑む者はだれもいない。だからイラク戦争は、米国が世界中にその力を広める機会であり、それに挑む者はいない、と。一種のごう慢さで得意になっている。
そして米国が侵略する国の国民にとっていいことをしてやっているのだと国民を説き伏せる。これは帝国主義の国の常です。アフリカを征服したのも、インドを征服したのも、そこに住む人たちのためだと言ってきました。