2003年4月15日(火)「しんぶん赤旗」
イラクに違法な戦争を仕掛けて数千人の民間人を殺傷し、政権を転覆して不法に居座ろうとする米軍。ブッシュ政権の狙いは何か。それはどんな思想と戦略、行動原理に基づいているのか。いくつかの側面からみてみました。
「イラク人民の、イラク人民による、イラク人民のための政府」−イラク戦争と「戦後」構想立案で大きな役割を果たすウルフォウィッツ米国防副長官は最近、こう繰り返しています。リンカーン大統領のゲティズバーグ演説を持ち出して「イラク人民」を強調するのは、「武力による外部からの政権転覆と占領統治」という「イラク征服」戦争の実態をなんとか合理化しなければならないからです。
ブッシュ政権の「戦後」統治構想は、(1)国防総省の復興人道支援室(ORHA)が民政インフラを整備し(2)暫定統治機構を設置し(3)正統政権を樹立する−の三段階。
ブッシュ米大統領は「(イラクの将来はイラクの)あなたたちにかかっている」などとのべていますが、実際はイラク人民そっちのけで占領支配が始まっています。
米国は、首都バグダッドが陥落しフセイン大統領死亡説が強まっても戦争終結を宣言せず、イラク北部へと侵略を拡大。暫定統治機構設置の最初の準備会合を早くも十五日に開催します。
会合は侵略を指揮する中央軍司令官の招待で開かれます。国連代表も参加せず、会議開催の正当性、公平性を確保する措置はとられません。
これは、国内諸派が国連の仲介で暫定行政機構を発足させた二〇〇一年のアフガニスタンの場合と大きく違います。米好みの勢力を集め、統治の既成事実づくりを急ぐねらいだと指摘されています。
ORHAは既にイラク南部で活動を開始しています。医療、水や電気の供給など非軍事部門の整備が主な任務ですが、米議会や国務省の反対を押しきって米軍主体で編成されます。
イラク人代表で構成されるという暫定統治機構に対しても、ORHAは「顧問的役割」を担うとウルフォウィッツ氏は十日の米議会公聴会で証言しています。宗主国が植民地に送り込む総督を想起させます。
そこまで米軍が大きな役割を果たす理由について同氏は、「外国投資家が安全だと感じなければ経済再建が妨げられるからだ」と説明。イラクに進出する米企業の安全確保が米軍長期駐留の理由であることを示唆しています。
イラクに侵攻した米軍は「環境保護」などと称して油田制圧作戦を最優先させ、英・オランダ系国際石油資本ロイヤル・ダッチ・シェルのキャロル元米国責任者を暫定統治下の石油産業担当にすると伝えられています。
これら一連の行動から、▽侵略戦争が終結する前から占領支配を開始する▽米軍が主導権を握る▽占領支配を国際法的に正当化することさえせず国連に主導権を渡さない▽石油支配の手だてを着々ととる−などが柱の米国のイラク支配構想が見えてきます。(ワシントンで坂口明)
「米国には(イラク戦争後の)攻撃計画も攻撃対象国リストもない」。パウエル国務長官は十日のパキスタン・テレビのインタビューで「民主化ドミノ」計画を否定しました。
民主化ドミノとはイラクを「模範」にして周辺国を次々に「体制変革」し中東全体を米国流の「民主体制」に転換させようというもの。パウエル氏の否定にもかかわらず「ブッシュ政権にとって今回のイラク侵攻は“中東全面制圧”の序章にすぎない」(米政治アナリストのウイリアム・リバース・ピット氏)との見方は強まっています。
ブッシュ大統領自身、イラク攻撃開始にあたって「中東全体の民主化」につながると強調。イラク「制圧」に目途がつくとシリアとイランへの批判と攻撃を強めています。ラムズフェルド国防長官はシリアに対し、「イラク支援は敵対行為」と指摘。ブッシュ大統領は十三日、「シリアの化学兵器保有」に言及して“警告”しました。
ピット氏はブッシュ政権で影響力を増すネオコン(新保守主義者)集団を紹介した論文で、ブッシュ政権の狙いは「中東諸国家に深く根差しているイスラム精神を親米的なものに改宗」することだと指摘。フセイン政権の転覆によって、(1)油田支配による財源確保(2)中東の指導者への警告(3)将来的な軍事行動の基地をつくり上げ、中東諸国の体制転覆をめざす−との三つの「意義」を分析しています。(『現代』五月号)
チェイニー副大統領は九日、ニューオーリンズでの講演で「米軍は米国や世界に安全をもたらすだけでなく専制政治が行われる場所に自由をもたらし、人びとが苦しんでいる場所に救済をもたらすだろう」と言明、武力による世界の体制転覆の意図をにおわせました。
実際、ネオコン集団はその意図を明確にしています。ブッシュ大統領は昨年の一般教書でテロとの世界的なたたかいを宣言し北朝鮮とイラン、イラクを「悪の枢軸」とよんで敵対姿勢を示しました。その意味について、代表的なネオコン集団「新しいアメリカの世紀プロジェクト」(PNAC)は昨年一月、「ブッシュ・ドクトリンについての覚書」で三つの基本要素をあげ、次のように説明しています。
(1)米国の敵を全世界で追い詰め、先制的に素早く行動する能動的リーダーシップ。
(2)ならずもの国家の「悪の枢軸」を名指しするだけでなく、勝利の意味は体制変革であることを明確にした。
(3)どんな国も自由と法と正義からまぬがれられない。ブッシュ政権はテロ対処だけでなく、米国の政治原則をイスラム世界に広げていくチャンスにする。
先制攻撃を辞さないとする国家安全保障戦略や中国など七カ国を攻撃対象国にあげた核態勢見直し報告にも、ブッシュ政権のこうした思想が反映しています。(田中靖宏記者)
「(イラクのような)敵にたいしては、彼らが最初に攻撃をした後に対処するのでは自衛にならない。それは自殺行為だ」。(ブッシュ大統領、三月十七日の対イラク最後通告演説)
こういってイラクへの武力行使に踏み切ったブッシュ政権。これは昨年、公式に採用した先制攻撃戦略の最初の発動でした。
二〇〇二年九月の「国家安全保障戦略」は先制攻撃を合理化するために「差し迫った脅威」の概念を勝手に変更。国際法が一般に認める「攻撃を準備する陸海空軍の目にみえる形の動員」ではなく、「(テロリストのような)今日の敵の能力や目的に適合させなければならない」と規定したのです。そのうえで「敵対的行動の機先を制し、あるいは阻止するために、必要とあらば米国は先制的に行動する」と独自の判断で先制攻撃にでることを宣言していました。
これに先立つ同年八月の「国防報告」では「米国の防衛には予防、さらにときには制止も必要である。あらゆる脅威からあらゆる場所で、想像できるあらゆるときに防御することは不可能である。唯一の防衛は敵にたいし戦争を行うことだ。最良な防衛は適切な攻撃だ」とのべていました。
現在の平和の国際秩序は、二十世紀に二度の大戦での痛苦の体験を得て練り上げたものです。これを否定する米国の戦略は、「力」を法秩序の上に置くものです。しかも危険なのは、イラクでの強行によって、この戦略の実践に拍車をかけかねないことです。
ブッシュ大統領は二〇〇二年の一般教書演説でイラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と断定し、同年の国防報告では「敵性国家の政権転覆」を掲げていました。
「核態勢見直し(NPR)」(二〇〇二年二月)ではこの三国に加えて中国、ロシア、リビア、シリアの名をあげ、これらへの核兵器の使用計画立案を軍部に指示していました。
「ネオコン」集団は、クリントン政権下の一九九七年、「新しいアメリカの世紀プロジェクト」(PNAC)を結成し、「基本方針」で、世界で唯一の超大国の地位を維持できる軍事力の強化と、国際秩序も米国の利益にかなうもの以外は認めないと宣言しました。
それ以前から「米国の軍事外交を国連の呪縛(じゅばく)から解放する」ことが彼らの政策目標の一つになっていました。ウルフォウィッツ国防副長官は九〇年代初めから「世界的秩序が究極的には米国によって支えられているとの認識」に立って「米国が独自に行動する態勢をとっておくべきだ」と強調していました。
ネオコンの中心的人物、リチャード・パール前国防政策委員会委員長はイラク攻撃開始直後の三月二十一日付カナダ紙ナショナル・ポストで、国連無視を鮮明にし、国連と国連憲章にもとづく国際平和秩序を「リベラル派のうぬぼれの知的がれき」と攻撃。イラク攻撃によって「国連が新しい国際秩序の基礎であるとの幻想が消滅する」とのべています。さらに「有志による連合」こそが「新たな世界秩序への最良の希望であり、国連の惨めな失敗による無秩序への真の対案であることを認識すべきだ」としています。
こうした強硬姿勢は、国連安保理で武力行使に道を開く決議案を米英スペイン三国で提案しながら、提案国を含め四カ国の支持しか得られずに取り下げざるを得なかった米国の国際的孤立ぶりと無関係ではありません。国連の同意が得られなければこれを無視し、国際法を侵害して武力行使するのは二重の意味での国際的無法者です。(党国際局 西村央)