2003年5月23日(金)「しんぶん赤旗」
国会提出から二年余。個人情報保護法案は、継続審議、廃案、修正再提出と紆余(うよ)曲折を重ねた中で、政府・与党は二十三日の参院本会議で採決、成立させようとしています。しかし、国民の表現・言論の自由にかかわる重大な問題点が残されたままです。
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「雑誌や出版社が『ノー』といったら、書いても発表する場所がない。『物書き』が生きていけなくなるんです」
二十日の参院個人情報保護特別委員会。参考人として意見陳述した作家の城山三郎氏は、語気を強めました。
「メディア規制法」と批判された旧政府案は、義務規定の適用から、報道に加えて著述業を外すなど修正されましたが、出版社は適用除外とはなりませんでした。報道にあたらない出版もあるというのが理由です。
小泉首相は、法案審議の中で「報道にかかわるなら雑誌も入る」と適用除外になると答弁しました。
しかし「報道」かどうかを決める権限は大臣が握っており、言論・表現の自由が規制される恐れは消えていません。
そもそも政府案では、主務(担当)大臣が個人情報を取り扱う事業者を監督する仕組みは、そのまま残っています。
野党四党は、権力的介入を防ぐために、行政から独立した「第三者機関」が監督にあたる修正案を提案しました。
政府案を支持する専門家からさえ、独立した監督機関は国際標準だとして「早く導入できる時期がくるよう期待する」(堀部政男中央大学教授)との声があがりました。
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個人情報を一番大量に保有しているのは、行政機関です。
ところが、法案審議のさなかに、防衛庁が自衛官募集のための個人情報を市町村に提供させていた事件、犯歴データなど警察保有の個人情報が大手サラ金業者の武富士に流出していた事件が発覚。政府案の欠陥を浮き彫りにしました。
自衛官適齢者リスト事件について政府は「(氏名、住所など)四情報は公開で違法性はまったくない」(石破茂防衛庁長官)と反省もありません。
しかし、四情報であっても、一律に抽出して提供するのは、個人情報の厳格な扱いを定めた住民基本台帳法に反します。
警察の犯歴データ流出事件では、日本共産党の宮本岳志議員が、警察の内部資料で武富士に渡っていた「右翼標ぼう暴力団カード」を提示して、「このようなカードが警察に存在することは認めるか」と迫りました。警察庁は「犯罪捜査への支障が生ずる」(栗本英雄刑事局長)と答弁を拒否。宮本氏と野党議員の再度にわたる抗議のなかで、調査と国会への報告をやっと約束するありさまでした。
行政機関保有の個人情報保護法案では、個人情報の目的外利用も「相当な理由」があればできることになっています。
たとえ不正利用があっても、「職務」の用なら罰せられません。
しかも、個人情報漏えい事件の一番多い都道府県警察は法案の対象になっていません。
日本共産党の八田ひろ子参院議員が、都道府県警も法の対象にすべきだと求めたのにたいし、片山総務相は「(対象に含まれなくて)これも結構だ」と容認しています。
政府案では、自分の情報の取り扱いに本人が関与し選択するという自己情報コントロール権が明記されていません。これでは、企業や行政機関の運営が優先され、個人の権利が後景に追いやられてしまうのです。
自衛隊などが住所、氏名はおろか健康状態にいたるまで重大な個人情報を集めることができるのは、政府案のなかに、思想・信条などの個人の名誉や信用、秘密にかかわる「センシティブ(慎重な扱い)情報」について収集を原則禁止する規定がないからです。
この規定は諸外国で設けられ、日本でも各省の個人情報保護ガイドライン(指針)で明記し、個人情報保護条例を制定している自治体の六割で設けられているものです。
二つの事件によって、個人情報保護にあたる当事者能力のなさと、政府案の重大な欠陥が浮き彫りになりました。
野党の追及や世論を受けて衆参両院で、(1)医療などの分野で個別法制定について二年後の全面施行までに結論を出す(2)施行後三年をめどに施行状況などを検討し必要な措置を講じる――ことなどが付帯決議されました。
住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)では「個人情報保護に万全を期すよう所要の措置をとる」ことが課せられていますが、欠陥だらけの政府案が成立しても、八月からの全面稼働の前提にはなりません。
政府案は、基本法にあたる民間を対象とする個人情報保護法案と、行政機関を対象とした個人情報保護法案など五法案。
個人情報取扱事業者は、(1)利用目的の特定(2)適正な取得(3)第三者提供の制限―などが義務付けられます。
違反した場合は主務大臣が中止勧告などをおこないますが、報道機関や著述業、学術研究機関などは義務規定の適用除外としました。
行政機関を対象とする法案は、個人情報の保有や利用などにルールを定めましたが、目的外利用も「相当な理由」があれば認めるなど“抜け穴”だらけです。