2003年7月2日(水)「しんぶん赤旗」
大阪市立大学の松田竹男教授が一日の衆院イラク特別委員会で、イラク特措法案についておこなった意見陳述(大要)は次の通りです。
米英軍のイラク占領統治の法的性格、正当性について所見を述べたいと思います。
イラク特別措置法案は、イラクに自衛隊を派遣しようという法案ですが、国際法上、他国の領土に、その国の同意なしに軍隊を派遣することは、違法な武力行使に該当し、侵略行為を構成します。
法案第二条三項は、イラクについては「安保理決議一四八三その他の政令で定める国連総会または安保理決議に従ってイラクにおいて施政を行う機関の同意によることができる」と定めています。問題は、この「イラクにおいて施政を行う機関」が、そのような違法性を阻却しうる正当な統治権限、法的なステータスをもっているのかどうかです。
安保理決議一四八三をみると、同決議本文第四項はたしかに、Authorityに対して「国連憲章および関連する国際法に従い、領土の実効的統治を通じてイラク国民の福祉を増進する」よう要請しています。前文第一三項によれば、ここでAuthorityというのは「統一司令部の下にある占領国」ということで、同項は、米英両国が占領国として関係国際法上有する特定の権限、責任および義務を認識すると述べています。
重要なことは、これらの規定が、占領が国際法に従って行われるべきことを規定しているだけで、新たな権利、権限、義務、責任等を付与していないことです。つまり、本決議は、米英両国に、占領国としての国際法上の権限、責任、義務を全うするよう求めただけで、米英両国による占領統治の合法性を承認するとか、新たに占領統治の権限を付与するものではありません。
現代国際法では戦争や武力行使が違法化されていますから、戦争のやり方、武力行使の手段や方法についての規則は、本来は存在しえません。武力を行使する者は、犯罪者か法の執行官か正当防衛か、そのいずれかであって、対等平等な交戦者という概念はもはや存在しえないはずです。
しかし、現実には今なお多数の武力紛争が発生し、武力行使の合法性が常に判定できているわけでもありません。そこで、国際法では、戦争や武力行使を違法化しつつ、他方で、現実に武力紛争が発生した場合には、戦争の惨害や残虐さを緩和するために、武力行使が合法か違法かにかかわりなく、すべての当事者が順守しなければならない人道的な諸規則を整備・発展させてきています。国際人道法とか武力紛争法と呼ばれている法です。
軍事占領について言えば、他国の領土に侵入してこれを占領することはもちろん違法ですし、自衛権の行使として他国領土を占領するということも考えにくいことですから、現代国際法上、軍事占領という制度はもはや存在する余地がないと思われますが、現実には、武力紛争の過程でしばしば他国領土の占領が行われています。
そこで、国際人道法では、軍事占領そのものの合法・違法は別にして、現に他国領土を占領している以上は、占領地の治安を維持し、住民の生活と福祉を最大限に尊重し、保護するよう義務づけています。安保理決議一四八三は、このような国際人道法上の占領国としての義務、責任を果たすよう求めたもので、占領統治そのものを合法化したものではありません。
政府は、米英軍によるイラク攻撃は安保理決議六七八、六八七、一四四一に基づく正当な武力攻撃であったと解釈していますから、ことによると、占領統治もこの正当な武力行使の一部あるいは結果として合法だと考えているのかもしれません。
しかし、これも無理な議論と言わなければなりません。
第一に、米英軍のイラク攻撃が安保理決議に基づいた行動だという主張に無理がありますが、この点はすでに何度も審議されていますので、ここでは立ち入らないことにします。
第二に、問題は、たとえ米英軍の武力行使が安保理決議に基づいた行動だったとしても、その目的や程度は大量破壊兵器の探索・廃棄に限定されているはずで、イラク全土を長期にわたり軍事占領することは、明らかに必要な限度を超えていると言わざるをえません。安保理といえども、平和に対する脅威を除去するために必要最小限度を超えて武力行使を行ったり、あるいは許可する権限は持っていません。
以上のように、Authority、すなわち「イラクにおいて施政を行う機関」は、国際法上正当な統治権力として認められてはいません。違法な軍事占領と認定されたわけではありませんが、他方で合法な占領統治と認定されたわけでもありません。
政府は「日本政府としては合法かつ正当な占領統治と解釈している」と主張するかもしれませんが、それだったら、イラク側にも、違法・不当な軍事占領と解釈する同等の権利があると言わざるをえません。
こうしてイラク旧政権の残存勢力には、国際人道法規則を順守するかぎり、自国領土を占領している米英軍を攻撃する正当な権利があり、イラク国民にはレジスタンス闘争を行う正当な権利があるということになります。
軍事占領そのものが違法・不当と見なされ得るのですから、米英軍が治安の維持や民政安定、人道支援など、いかなる活動を行っていても攻撃対象とすることが可能です。占領国としての国際人道法上の義務を遂行している最中でも攻撃することが可能になります。
本委員会では、戦闘行為が行われている地域といない地域を区分けできるかどうかがしばしば論議されていますが、米英軍に対する攻撃が法的に可能であるという意味では、イラク全土が今でも戦闘地域です。
「現に戦闘行為が行われていない地域」というのは、たまたまある時点で戦闘行為が行われていないというだけで、法的にはいつでも戦闘行為を行うことができる地域なのです。このような地域に自衛隊を派遣すれば、自衛隊自身が正当な攻撃対象、軍事目標となることは言うまでもありません。
米英軍は他国領土の占領という軍事行動を行っているわけですから、その部隊に対する補給や輸送は、武器・弾薬であろうと、水・食料・医薬品であろうと、すべて立派な作戦行動であり、旧政府残存勢力による攻撃や占領地住民によるレジスタンスの対象になります。
米英軍に対する支援行為を行っていなくても、自衛隊は攻撃対象になります。Authority、すなわち占領当局の同意を得ているといっても、イラクにはこの占領当局を正当な統治権力と認める義務がありませんから、イラク国民は、自衛隊を、自国の同意なく駐留している違法な侵略者と見なすことが可能なのです。
なお、法案第一七条は、自己または自己と共に現場に所在する他の自衛隊員等の生命または身体を防衛するため必要な場合には武器使用ができる旨規定していますが、イラク側の攻撃またはレジスタンスが正当な戦闘行為であるとすれば、これに対する反撃行為を自衛あるいは正当防衛と言うことはできません。それ自身もまた同格の戦闘行為です。火中の栗を拾いにみずから飛び込んできた者には、自衛や正当防衛を口にする資格がないのです。
このように考えてきますと、自衛隊のイラク派遣は、国際法上の合法性を担保されていない軍事行動への参加であり、憲法第九条が禁じる武力の行使に当たると考えられます。イラクの復興支援に協力支援することは必要ですが、それは自衛隊の派遣ではなく、非軍事的な方法で行うことが適切であろうと考えます。