2003年7月4日(金)「しんぶん赤旗」
イラク派兵法が衆院で強行採決されようとしています。日本の外交の方向を誤らせる、きわめて重大な法案です。実際に自衛隊がイラクに派遣されれば、米英軍の占領体制下でますます緊迫する現場で米軍の戦闘に巻き込まれる可能性が大きく、イラクをはじめとする中東諸国国民の間で日本の信頼が大きく損なわれることになるでしょう。最近の中東取材を通じての実感、というより危機感です。
三浦一夫外信部長
カイロで市民と話し合って驚きました。ほとんどの人が、米英両国によるイラク戦争に日本が協力し、海上自衛隊の艦艇が洋上給油など事実上の支援をしていることを、まったく知らないのです。
「日本の軍艦が参加している? まさか。うそだろう」。なかには「取材のための冗談か」という声もありました。
中東諸国全体がそうですが、エジプトでも市民の多くは「日本は友人」と、とても親日的です。それだけに、イラク戦争への日本の協力、参加の話に、「えっ、まさか」の声が文字通り口をついて出てくるのでした。
それがいま、軍艦だけではない、小泉内閣は地上部隊を派遣しようとして、法案を通そうとしている、との説明に多くの人々がほとんど絶句。久しぶりに再会した建設会社勤務の友人アーメド氏(50)は、「まさか」を繰り返しながらいいました。
「小泉首相はこの間カイロに来てエジプトと一緒になってイラクの病院建設で協力すると約束したばかりでしょう。なんで軍隊がゆくのです。そんなことをしたら日本の評判はいっぺんに悪くなる。アラブ全体を敵に回すことになりかねないですよ」
イラクではフセイン政権崩壊の直後、確かに米軍歓迎の声もありました。しかし、その後の治安の悪さ、社会不安の状況だけでなく、米軍の行動そのものから、宗教や旧政権とのかかわりを問わずに、一般市民の間で反米感情が一挙に高まっています。
そこへ日本の自衛隊がやってきて米軍支援をすれば、日本もたちまち占領軍の仲間入りすることになる−。この間カイロを拠点にイラク現地取材を続ける本紙の小泉大介記者は強調します。
戦争前からイラクを取材し続けて同国の情勢を熟知する、あるジャーナリストは、こう語りました。
「今、毎日、米兵が狙われています。米当局はサダムの残党のしわざというが、間違いです。襲撃してくるのはごく一部のもので、市民全体は米国を支持しているといわんがための説明です。自分でもそう思い込みたいのでしょう」
フセイン政権崩壊後もいつまでたっても撤退せず、イラク人自身での新政権づくりを認めない米軍。他方で、市民に銃を向け、発砲する米軍。
「市民の間では反米感情が急速に広がっています。その結果が米兵襲撃なのです。米軍はまさに横暴な占領軍そのもの。そこへ日本の自衛隊が来て米軍支援の行動をしたら、イラクの市民がどうみるか明らかでしょう。大変なことになるでしょう。時間がたてば改善されるか? いや日がたてばさらに事態は悪くなると思います」
一般市民の間で高まる米軍への怒りについて敏感に、詳しく報じているのが、当の米国のメディアです。ある日刊紙は最近、イラク各地を取材した上でこう描いています。
「(ある市民は)彼ら(米軍)は占領者以外の何者でもない。新たな戦争が始まる前に米国に帰るべきだと語った」「米兵に対して行動を企てているのはバース党(旧政権党)やスンニ派の人々ではない、身内の者を殺されたり負傷させられたりし、あるいは自分自身が検問などでひどい目にあった普通の市民だ」(六月十七日付フィラデルフィア・インクワイアラー紙)
週刊誌『タイム』最近号は、米兵襲撃がごく一部の組織によるものとの見方に疑問を出しながら、「明らかにイラクの事態がますます悪くなっている」と指摘しています。
エジプト政府のシンクタンク役を務めるアルアハラム政治戦略研究所のモハメド・アル・サイード・サイド副理事長は、自衛隊問題についての直接のコメントは避けつつも、イラク問題での日本の協力のありかたについて、こう語りました。
「日本には、日本の力と特色を発揮してほしいと思っています。イラクの実情との関連でいま日本に期待するのは、米国の戦略に協力することではなく、自主的な立場でイラクの復興に力を貸してほしいということです。これはアラブの人々の共通の思いです」
こうした見解は、他のエジプトの識者にほぼ共通していました。
対日友好関係を大事にするエジプト政府の立場に配慮しての発言というべきでしょう。
日本との友好関係を大事にする立場、日本に対する親近感と期待は、イラクを含むアラブ諸国に共通したものといってもいいようです。
少なくとも、今まではそうです。そうであればこそ、その人々の気持ちと期待に応える中東外交がいまこそ期待されています。
自衛隊イラク派兵は、その期待を踏みにじり、日本外交をさらにねじまげ、友好的なアラブ諸国国民を敵に回しかねない重大な誤りです。