2003年11月17日(月)「しんぶん赤旗」
パリとその近郊で開かれた「第二回欧州社会フォーラム」は十五日午後、パリ市内で全体を締めくくるパレード・デモで閉幕しました。このフォーラムに参加したパリ在住の労働社会問題研究家の福間憲三氏と、取材した記者二人(浅田信幸、西尾正哉)の三人でフォーラムの詳しい内容や印象を語り合いました。
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浅田 「社会フォーラム」は、新自由主義的な経済の「グローバル化」に反対する運動として始まったが、今回は戦争と平和をめぐる問題が討論の第一の柱に設定された。
昨年の「第一回欧州社会フォーラム」(イタリア・フィレンツェ)での百万人デモが、空前のイラク戦争反対運動ののろしとなった経過から見ても、うなずける提起だった。
西尾 イラク戦争反対の運動をたたかった人々が集まったフォーラムは、参加者がそれぞれの国で過去最高の反戦運動を展開したことで自信に満ちていた。戦争は阻止できなかったが、「戦争をストップさせるのは人民の力だ」と確信を深めている。主要討論会「グローバルで永続的な戦争反対」では、スペインの代表が、「参戦した政府を次の選挙で変える」と決意を表明し、満場の拍手を浴びた。
福間 「多極構造世界の探求」の分科会では、イタリアの代表が、帝国主義の概念が変わった、以前のように植民地争奪が目的というより、「独立国家の市場を開放させ、公共サービスを民営化して支配する新しい帝国主義が生まれている」と指摘していたことが注目される。
西尾 イラク戦争前、イギリスでは「これは石油のための戦争だ」といわれていたが、ここではそんな単純な見方での論議はなかった。
浅田 「平和の欧州をめざして」の分科会では、国際平和ビューロー(IPB)の代表が、いま論議されている欧州連合(EU)の憲法に「核廃絶」を明記させること、またイタリアの「平和のテーブル」の代表が「戦争放棄」条項を挿入させようと、それぞれ提案した。スペインの代表は、「安全保障の概念をいまだに武力中心だとする考え方を変える必要がある」と言っていたことも印象に残っている。
福間 私の出た分科会で先のイタリアの代表は、「米国の一国覇権主義を許しているのは欧州の弱さの現われだ。共通防衛・外交・安保政策の推進が必要だ」といっていた。フォーラム全体として、発言では「軍事費を社会福祉に」の声が強かった。
浅田 憲法草案には「(EU)加盟国は前向きに軍事力を改善する」「北大西洋条約機構(NATO)と緊密に協力して活動する」との条項がある、そのために「軍事化を促進するものだ」との批判もかなり強かった。
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福間 「EUが米国や世界貿易機関(WTO)と一緒になって自由化、民営化を推進している」との批判が多かった。ベルギーの代表は「公共サービスの民営化に反対して」の分科会で、「憲法草案はWTOの基準に歩調を合わせるためのものだ」とずばり批判した。草案にある「自由な競争が行われる単一市場」という文言がやり玉にあげられた。
西尾 何でも商品化する自由主義経済路線への批判は、メディアも例外でない。「メディアの集中」の分科会では、イギリスの代表が「情報の商品化が進み、イギリスでは報道を経営者が自由にあやつる事態が進んでいる」と警告を発していた。イラク戦争前に武力行使を正当化するため米英では相当メディアが利用されたからね。
福間 興味を持ったのは、教育とか健康、文化、エネルギー、交通などは、「誰でも平等にアクセスし、利用できるものでなければならない権利なんだ」ということをフランスの労組代表が主張していたことだ。
公共サービス民営化の口実としてよく言われるのは「効率が悪い、民営化はサービスの向上をもたらす」というものだ。しかし「授業についていけない子どもを効率が悪いからと切って捨てられるだろうか」と反論していた。
西尾 同じ分科会に出て知ったが、WTOではGATS(サービスの貿易に関する一般協定)づくりが進んでいる。これが成立すると調印国では公共サービスは何でも民営化されるというんで、オーストリアでは大きな反対運動が広がっているという。
福間 そう、三百の自治体が「GATSフリー・ゾーン」宣言を採択したそうだね。内容を知れば誰でも反対するはずだといっていた。
福祉国家スウェーデンでも福祉の民営化が進行し、病院には公的保険加入者と民間保険加入者の二つの窓口ができているとのことだ。「市民的不服従」と名づけられた反対運動が広がっている。
浅田 一方、日本でも著作が訳されてるスーザン・ジョージ氏は、討論会「自由主義グローバル化の中の欧州」での報告で、「それでもまだ欧州は米国モデルとは違うすぐれた公共サービスの欧州モデルをもっている。このモデルをこそ世界に広げるべきだ」といっていた。
浅田 EUの憲法草案は、軍事化と自由主義路線を進めるものだから反対だ、廃案にすべきだという意見が多かった。
そうした中で、労組代表のなかでは、イタリア労働総同盟(CGIL)のエピファニ書記長が草案前半で指摘されている「基本権」が後半で切り縮められていると批判しながらも、評価する点は評価するとの立場だった。フランス労働総同盟(CGT)のティボー書記長は、「欧州基本権憲章」が憲法に組み込まれることになって、より拘束力をもつことになり、労働者のスト権も全欧規模で認められるんだと、こちらは批判よりもやや前向きの評価が強い印象だった。いずれも「反対、撤回」という単純な方向ではない。
西尾 そうした評価の違いが出るのは、労働運動の力とか、国民が勝ち取っている到達点が国によって違うことがある。労働者の権利の面で、進んだ国から見れば、憲法草案も不十分さがあるが、すべての国がそのレベルにあるというのではないからね。
福間 作成手続きの非民主制を指摘する声も少なくなかった。フランス共産党の研究機関「エスパス・マルクス(マルクス空間)」代表のコーエンセアト教授は「少数のテクノクラートによって少数者の利益のために書かれたものだ」とばっさり切り捨てていた。スウェーデンの女性代表は諮問会議の段階から女性がほとんどかかわってこなかったと批判し、会場の女性たちから歓声を浴びた。
西尾 「憲法草案ができあがったら国民投票で批准を決めるべきだ」との声が強かった。条約でなく、自分たちの政治制度や権利義務にかかわる基本法の決定にかかわらせろ、というこの要求は当然だと思う。
浅田 三人では三百を超す討論会、分科会全部をカバーできなかったけれど、最後に行われたデモを取材して気づいたのは、これだけの旗や横断幕を用意していたのに、討論会でも分科会でも一つも見かけなかったことだ。集まって気勢を上げるというフォーラムではなかった。
西尾 そう、成熟した態度というか、意見の違いもあるけど進歩とか平和という一定の共通の価値観をもって、現代の問題に共通の解決策を探究しようとする姿勢が感じられた。
福間 パリ郊外のサンドニ、ドビニー、イブリシュルセーヌが会場に加えられた。これらの場所は、ドイツの代表が言っていたように、先進国で大都市周辺に移民や貧しい人が集中する第三世界現象が生じているという、まさにそういう問題が多々ある地域といえる。今回の社会フォーラムの討論を行ううえでは、ふさわしい場所となったと思う。
浅田 ただタコ足状態になった欠点もある。「平和の欧州をめざして」の分科会は町のはずれだった。他の会場から完全に孤立し、開始時間を三十分以上遅らせて、参加者二十人で始まった。最後は六十人ぐらいになったけど。報告者の一人は「場所が分からなかった」と一時間も遅れてきたしね。あまり会場を分散させるのも、どうかと思う。
西尾 通訳陣はよくそろえたね。全部で千二百人。プロの通訳者も含めて全員がボランティアだという。会場によって通訳のレベルにかなり差が感じられるところもあったが。
福間 昨年のフィレンツェ・フォーラムの後、「バベル」という通訳のボランティア組織を発足させたらしいね。
浅田 国際交流で不可欠な通訳陣の健闘をたたえて、最後のパレード・デモでは主催者に続いて二番目に通訳陣が独自の隊列を組んで行進することが決められたそうだ。