2004年1月26日(月)「しんぶん赤旗」
イラクで大量破壊兵器を捜索していた米調査グループの責任者だったデビッド・ケイ氏が、そうした兵器が「あったとは思わない」と言明しました。この発言は、小泉純一郎首相が「イラクは大量破壊兵器を保有している」と断言し、イラク戦争を支持する「大義」にしたことの誤りを決定的にするものです。
イラクの大量破壊兵器問題、イラク戦争の「大義」をめぐる問題は、日本共産党の志位和夫委員長が二十二日の衆院本会議での代表質問で取り上げました。
志位氏は、戦争開始から十カ月がたっても大量破壊兵器は見つからず、米軍の捜索チームが探すのをあきらめてイラクから撤収し、ブッシュ米政権の元財務長官も「証拠を見たことはなかった」と述べている事実を指摘。首相が、イラクの大量破壊兵器保有を断言し、それを戦争支持の最大唯一の「大義」にしたことは明らかに誤りだったと認めるべきだ、と迫りました。
これに対し、首相は「イラクはかつて実際に大量破壊兵器を使用しており、その後も大量破壊兵器の廃棄は立証されていない」と開き直り、現在、米調査グループが行っている大量破壊兵器の捜索を「注視していく」と言い逃れるだけでした。
しかし、ケイ氏の発言は、この首相の答弁をすべて否定するものです。同氏は、イラクがかつて大量破壊兵器を使用したことについて「(一九八〇年代には)兵器はあった」としながら、「今問題になっているのは、(九一年の)湾岸戦争終了後に生産された兵器についてだ」と指摘。「湾岸戦争終了時にはあったが、国連査察とイラクの一方的な措置で廃棄されたと考える」と述べました。
さらに、同氏は、「(湾岸戦争後)大規模な(兵器生産の)計画があったという物的証拠は見つからなかった」「(大量破壊兵器は)もともと存在しなかった」と強調。首相が「注視する」という調査活動の結果として、大量破壊兵器の備蓄はないと考えるようになったと言明したのです。
首相がイラクの大量破壊兵器保有を戦争支持の「大義」にしたことの誤りは、いよいよ明白です。
志位氏が代表質問でこの問題を取り上げたのは、「イラク戦争にひき続く占領に合流するために、自衛隊を派兵する以上、果たしてこの戦争に『大義』があったのかという根本問題への認識をあいまいにすることは許されない」からです。
ケイ氏の発言は、イラク戦争が国連の承認なしに米英両国が一方的に始めた先制攻撃の戦争であり、無法な侵略戦争であったことを改めて裏付けるものです。
イラクでは今も、その無法な侵略戦争が占領という形で継続しています。このことは、政府自身も「(イラクでは)降伏文書の調印がなされたわけではない。したがって、法的に見れば、戦争状態は継続しているということだ」(石破茂防衛庁長官、二〇〇三年六月二十五日、衆院イラク特別委員会)と認めています。
首相は、陸上自衛隊の本隊派兵を二十六日に最終決定しようとしています。しかし、そうしたイラクに自衛隊を派兵することは、どのような形であれ、無法な侵略戦争への加担そのものになるのです。日本の歴史に重大な汚点を残す派兵計画はただちに中止すべきです。
(榎本好孝記者)
|
大量破壊兵器、あるいは毒ガス等の化学兵器、炭そ菌等の生物兵器、これらがもし独裁者とかテロリストの手に渡った場合、きわめて危険だ。フセイン政権に武装解除の意思がないということが断定された以上、アメリカの武力行使を支持するのが妥当ではないか(03年3月18日、記者会見)
国際社会が一致結束して、イラクが大量破壊兵器(の廃棄)を十分協力しているとは認めていない。これは国際社会が断定しているといっても過言ではない(同3月19日、党首討論)
問題の核心は、イラクが自ら保有する大量破壊兵器、生物兵器、化学兵器を廃棄しようとしないこと、国連の査察に無条件、無制限に協力しようとしないところにあります(同3月27日、小泉内閣メールマガジン)
フセイン大統領が見つかっていないから、イラクにフセイン大統領は存在しなかったといえますか。大量破壊兵器も私はいずれ見つかると思います(同6月11日、党首討論で)
ブッシュ米大統領は、昨年五月一日、イラクでの「主要な戦闘終結宣言」演説で、「イラクから大量破壊兵器を取得するテロ組織はもはやない」と、大量破壊兵器の存在を前提に発言しました。しかし同時に、「大量破壊兵器の発見など困難な仕事がある」とものべ、大量破壊兵器問題での矛盾がこの時点でも目立っていました。
その後五月九日、イラク占領を国連に承認させようと米英スペインが提示したイラク制裁解除決議案は、大量破壊兵器について一切ふれていませんでした。制裁解除の要件に大量破壊兵器の廃棄を規定した安保理決議六八七にも反し、大量破壊兵器の存在への自信のなさをあらわしていました。
大量破壊兵器の存在をめぐっては、英国でも大きな問題になりました。 五月十四日、ストロー英外相はBBC放送で「(大量破壊兵器を発見することは)決定的に重要なことではない」とのべ、国民やメディアから大きな批判が起きました。開戦前の「イラクは四十五分で大量破壊兵器を配備、使用できる」というブレア英首相の主張も、イラク人亡命者からの情報をうのみにしていたことがあきらかになっています。七月に、大量破壊兵器に関する情報操作問題で英国防省顧問のデービッド・ケリー氏が自殺する事件も起きました。
六月には、米上下両院の情報特別委員会で聴聞会、公聴会が開かれるなど、米国内でも疑惑解明の動きが始まりました。
七月には、イラクに生物・化学兵器があるかどうかを査察する責任者だったブリクス前国連監視検証査察委員会(UNMOVIC)委員長が、オーストラリア国営ラジオで「イラクが大量破壊兵器のほとんどを一九九一年の夏までに廃棄したとの確信をますます強めている」と発言しました。この問題での米国の立場は大きく揺らぎました。
十月二日、五月以降イラクで大量破壊兵器の存在について調査していた、ケイ氏が率いる米イラク調査グループ(ISG)は、米議会に中間報告書を提出しました。そこで「兵器そのものの在庫を発見していないが、そのような兵器在庫は存在していないと確言できる段階にはない」と報告しました。そして今年一月二十三日、ケイ氏は「大量破壊兵器は存在しない」と明言しました。