2004年3月7日(日)「しんぶん赤旗」
【カイロ=岡崎衆史】米国のイラク占領当局が任命したイラク統治評議会(イラクの政治・宗教勢力の代表二十五人で構成)は五日、主権移譲後のイラクで暫定憲法となる基本法の調印を再び延期することを決めました。イラクの人口の約六割を占めるイスラム教シーア派の評議員五人が、一日に合意した基本法の内容が同派に不利だと反発して調印式に出てこなかったことが理由です。
イラクのシーア派最高指導者、シスタニ師の指示が背景にあります。統治評議会は八日に協議を再開すると六日発表しました。
五人の評議員は、合意案が、大統領一人と副大統領二人を置くとしていることに反対し、五人指導体制を主張、そのうち三人をシーア派から選出するよう要求しました。また、本格的な憲法制定の際に、クルド人など少数民族に拒否権を認める内容になっていることに反対し、多数意見が尊重されるように求めました。
米国のイラク占領機関、連合国暫定当局(CPA)は昨年十一月、統治評議会との間で今年六月末までにイラクに暫定政府をつくり、主権を移譲することで合意。基本法は、移譲後から制憲議会選挙を通じて新憲法が制定されるまでの間、暫定憲法となることが決められました。
しかし、統治評議会内で内容について意見が対立し、予定の二月二十八日までに合意できず、今月一日までもつれてようやく合意。調印式を三日に予定していましたが、二日のバグダッドとカルバラの爆発テロで五日に延期されていました。
イラク基本法の調印が再度延期されたことで、宗教や民族問題などでの対立が表面化した形です。根本には米占領体制の矛盾が明らかになったものといえます。
今回、イスラム教シーア派の評議員五人が拒否したのは、イラクの人口の約六割を占める同派が主権移譲後に主導権を握りたいとの思惑があるためだとみられます。
シーア派の主張の一つの五人指導体制は、指導者を増員することで国民の多数派であるシーア派の人口比に見合った指導者の人数を確保し、影響力を強める狙いがあります。
もう一つの主張は、正式憲法承認にあたり、少数民族、とくにクルド人の「拒否権」を認めないというもの。基本法では少数民族への配慮から、イラク国内十八州のうち、三州の有権者の三分の二が憲法案を拒否すれば同案が否決されると規定しています。これは、イラクの北部三州で自治区を形成しているクルド人の拒否権を認めるものです。
基本法はクルドの主張である連邦制を採用したものの、クルド人が多く住む北部イラクの境界線、特に北部の油田の拠点であるキルクークをクルドの領内に含めるかどうかなどの問題は憲法で決めることにされました。その憲法制定でのクルド人の「拒否権」は認められないというのがシーア派の主張のようです。
クルド人であるイラクのゼバリ外相は六日、「多数派による独裁をつくりだすことではない」とシーア派の主張に不快感を示しました。
また、基本法をめぐっては未決着の問題も多く残されています。
信教の自由を保障しながら、イスラム教を国教とし“シャリア”(イスラム法)に反する法は認めないとしており、離婚や遺産相続などで女性が不利になりかねません。
基本法をめぐる問題は、米国によって任命された統治評議会との合意で米国が基本法の制定を二月末と一方的に決め、そのプログラムに沿って論議が急がされていること、根本的には国民の民主的議論の場がないという占領体制のもとでの“法”づくりの問題が横たわっています。
基本法をめぐって表面化した対立の背景にはシーア派を標的にした同時テロの発生でシーア派内に他の勢力への警戒心が生じているとの見方もあります。しかし、テロの問題をめぐっては「内戦を避ける」よう求める声がシーア派、スンニ派指導者からあがっています。対立をいかに克服していくか、イラクのそれぞれの勢力が問われています。
伊藤元彰記者