2004年3月10日(水)「しんぶん赤旗」
主権移譲後のイラクで暫定憲法となる基本法に統治評議会が八日署名し、同法が成立したことについて、米国、ロシアなどはこれを歓迎しています。しかし、イラク国内ではイスラム教シーア派の最高指導者シスタニ師がこれを批判する声明を出すなど、イラク情勢の今後は予断を許しません。
【カイロ=岡崎衆史】イラクで基本法が成立した八日、シーア派の最高指導者シスタニ師は、声明を出し、基本法が今後の本格的な憲法の制定の際に「障害」になるとの見方を示しました。
同師は、基本法について、さまざまな民族と宗派を含む国民の権利と国家の統一を重視する立場から、「恒久的な憲法の障害となる」と指摘。そのうえで「移行期の法律はすべて、選挙で選ばれた国会の承認を得るまでは合法性を持ち得ない」と述べ、基本法の正当性に疑問を呈しました。
シスタニ師はこれまで、基本法が、本格憲法を承認する国民投票で少数民族のクルド人勢力に事実上の拒否権を与える条項を含んでいることなどを理由に批判。統治評議会のシーア派評議員が署名すること自体は拒否しないものの、反対意見は留保すると述べていました。
イラク統治評議会が八日に承認した基本法は、恒久憲法施行まで暫定憲法となるものです。これにより主権移譲に向けた第一歩を踏み出す形となりました。
基本法の特徴は、イラク国民の要求を一定程度反映しているものの、他方、依然として米占領軍の影響力行使の道を残しており、今後の成り行き次第ではイラク国民に新たな混乱をもたらす可能性もはらんだものであるといえます。
基本法は移行政権の土台となる国民議会の直接選挙を、可能ならば今年十二月末まで、遅くとも来年一月末までに実施すると明記しました。昨年十一月に連合国暫定当局(CPA)と統治評議会が合意した主権移譲の当初計画は、CPAの関与のもと今年五月末までに全国十八州における有力者集会を開催し議会を選出、六月末までに暫定政権を樹立するとしていました。直接選挙を求めるイラク国民のたたかいを前に米国がそのもくろみの撤回を最終的に余儀なくされたことを意味します。
一方で基本法は、六月末の主権移譲から直接選挙実施までの主権の受け皿となる暫定政権づくりに関して実質的な言及をせず、統治評議会とCPAの関与を通しての政権づくりの必要性を明記しています。これは、暫定政権づくりと直接選挙の準備過程における米占領軍の影響力行使の余地を残したものであり、真のイラク人の代表を選ぶうえで大きな障害となりかねないものです。
二月末を期限としていた基本法の承認がずれ込んだ主な原因は、イラク人口の六割を占めるイスラム教シーア派の統治評議会メンバーが、イラク国民の二割を占めるクルド人が恒久憲法制定で実質的な拒否権を持つという基本法の規定に抵抗したためとされます。今回のシーア派メンバーによる基本法承認も、この点を保留してのもの。連邦制やクルド自治の権限・範囲なども不明確で、今後、イラクの各宗派、民族間の対立が深刻化する可能性も否定できません。
シーア派の最高指導者で直接選挙を求める運動で強力なイニシアチブを発揮したアリ・シスタニ師が基本法を非難していることも、主権移譲プロセスの今後に大きな影響を及ぼす可能性があります。
基本法をめぐる問題の根本には、米占領当局自身が決めた日程と影響力行使の枠組みのなかで制定がすすめられ、イラク国民自身の声が十分反映してこなかったという占領体制の問題が横たわっています。基本法の承認がイラク人みずからの真の政権樹立に結びつくかどうかは、イラク復興における「決定的役割」を表明している国連が、占領軍に代わりその役割を発揮できるかにかかっているといえます。 小泉大介記者