2004年4月5日(月)「しんぶん赤旗」
自民・公明政府は、二〇〇三年の消費者物価指数がマイナス0・3%だったことを理由に、四月分の年金給付をはじめ各種手当を0・3%削減しました。年金で暮らすお年寄りの生計費は本当に減っているのでしょうか。暮らしの実態と照らし合わせると、年金削減が生活水準の切り下げにつながっていることが分かります。年金改悪法案が通ればさらに実質15%の給付削減になり、お年寄りの暮らしはいっそう追い詰めれられます。 内藤真己子記者
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東京・板橋区の木村清美さん(67)は、三年前に夫をなくし都営住宅で一人暮らし。六月に振り込まれる四月分の年金から、月十三万三千三百円になる見込みです。0・3%削減されると、月四百円減るからです。
「ほぼ一日分の食費ですね。でもこれ以上、食費は削れない」
食費は「一日五百円」と決めています。共同購入する一匹百円の「アジの開き」を十匹買って一カ月かかって食べます。昼食は百円のコッペパン一個とお茶。スーパーで買う野菜は、三割から五割引きの見切り品です。
「一食抜いても、医者に行かないわけにはいかないからね…」。木村さんが食費をギリギリまで詰めているのは高い医療費や介護費用と関係があります。
病弱だった夫を支え、二十数年、早朝から夜までビル清掃の仕事で働き、身体を壊してしまいました。狭心症。年に数回、不整脈に苦しみます。この三月も検査や投薬で、窓口負担が三万五千五百四十円もかかりました。
昨年四月の医療改悪で国民健康保険の退職者医療制度が、二割から三割負担になった影響です。
介護保険料が月二千三百二十円、介護ベッドの利用料が月千六百十円かかります。二〇〇〇年に介護保険制度ができてからの新たな負担です。
こんな負担増にもかかわらず、年金は一九九九年度から据え置かれ、逆に昨年度は月千二百三十円減らされました。今年度の月四百円と合わせると、月千六百三十円も削減されています。
さらに木村さんは四月から、区の高齢者福祉電話の見直しで月二千七百円の助成が打ちきられ、電話代の負担が増えることになります。
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「私の周りは値上がりばっかり。下がった印象なんてまったくありませんよ」
木村さんはため息をつきます。
そんな木村さんに、〇三年の消費者物価指数の下落に大きな影響を与えた品目の上位の一覧を見てもらいました。(グラフ参照)
「パソコン? さわったことさえありませんよ。テレビゲームもありません。ハンバーガーなんか食べないし、服はリサイクルショップでしか買いません。冷蔵庫や電気洗濯機は二十年前のものを大事に使っています。買いかえる余裕なんかないですよ。値下がりしたといっても、私の生活に関係ないものばっかり」
木村さんはあきれ顔でいいました。
一方、上昇に大きな影響を与えたものは、だんとつの診療代をはじめ、灯油、国産米、タマネギ、バレイショなど、木村さんの暮らしに関わるものが大半です。
木村さんは、交通費を節約するため半年以上、区内から出ていません。「たまには巣鴨の『とげ抜き地蔵』にも行きたいけど往復五百二十円。一食分だと思うと考えてしまって」
地下鉄でわずか十数分の場所が木村さんには遠いのです。
こうやって節約し、将来の入院や介護の費用に備え、少ない年金から貯金しています。
年金改悪法案が通れば、給付額はこのうえ実質15%、約二万円も減額されます。
「いよいよ生活できなくなりますよ。小泉さんは切り詰めて、切り詰めて、切り詰めて生活している国民の暮らしをもっと勉強してほしい」
「公明党はこれで『百年安心』とかいってるけど、とんでもない。私も熱心な創価学会員だったことがありますが、いうこととやることが違うので嫌になってやめました。人をだますのもいい加減にして」
木村さんは怒ります。
日本共産党は、最低保障額を当面月額五万円とし、掛け金に応じて上乗せする「最低保障年金制度」の実現に、すみやかに踏み出す政策を発表しました。
木村さんは「月四、五万円の年金しかなくて私よりもっと厳しい暮らしをしている知り合いもいるから、提案は大賛成です」「ハコモノや軍事費に使う税金は死に金です。それを年金に回せば、生きたお金になります。企業から必要な税金をとって、年金を手厚くしてほしいと思います」と話していました。
介護保険料と消費者物価指数 消費者物価指数の対象は、家計の消費支出に限定され、社会保険料や所得税・住民税などの支出は含まれていません。
年金受給世帯の社会保険料をめぐっては、二〇〇〇年、六十五歳以上の人からの介護保険料の徴収が始まりました。〇三年度には全国平均月三百八十二円の値上げがおこなわれ、平均月三千二百九十三円が年金から天引き徴収されています。
実際、総務省の家計調査を見ると、高齢夫婦世帯の社会保険料支出は、介護保険導入前の九九年に比べ、〇三年は年間四万円以上増えています。
ところが年金給付は九九年度に0・6%引き上げられたあと〇二年度まで据え置かれたままでした。その後は同指数の下落を理由に、〇三年度マイナス0・9%、〇四年度マイナス0・3%と連続で削減されているのです。