2004年4月11日(日)「しんぶん赤旗」
イラクでの日本人人質事件で、小泉純一郎首相は「テロリストの脅しに乗ってはならない」などといって、同国に派兵した自衛隊を撤退させる考えは「ありませんね」と冷たく言い放っています。しかし、今回の自衛隊派兵には、尊い人命を犠牲にしても守り抜かなければならない大義や道理があるのでしょうか。政府が派兵の論拠にしている二つの問題に沿ってみてみました。
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政府が主張してきたイラク派兵の論拠の一つは、“自衛隊は戦闘の行われない「非戦闘地域」にだけ行く”というものです。
政府は、陸上自衛隊の派兵にあたり、派兵先のサマワを含めイラク南部は「(イスラム教)シーア派が住民の多くを占め、…イラク他地域に比べ全般的に比較的安定」(陸自のイラク先遣隊報告書、一月)していると説明してきました。
しかし、いまイラクでは、米英を中心にした占領軍がフセイン政権時代に抑圧されてきたシーア派にも武力弾圧の矛先を向け、南部の各地でも激しい戦闘が起こっています。イラク国民全体が無法な軍事占領支配に怒り、憎しみを燃やし、抵抗運動を強め、文字通り全土が戦闘地域になりつつあります。
サマワでも七日に陸自宿営地の近くに三発の砲弾が初めて撃ち込まれました。その後も、サマワ市内では連日、砲撃事件が発生し、外国軍の撤退などを叫ぶシーア派のデモも起こっています。
政府はこれまで、「非戦闘地域なんかどこにもないということであれば、撤退ということもございましょう」(石破茂防衛庁長官、二月九日、参院イラク有事特別委員会)と言明してきました。その言明に照らしても、政府が自衛隊派兵に固執する口実は大もとから崩れています。
重大なのは、イラク全土の戦場化が進む要因の一つに、自衛隊派兵があることです。
陸自はサマワに七百五十メートル四方の宿営地をつくりました。面積は十七万坪で、東京ドーム十二個分という巨大さです。迷彩服を着た自衛隊員が銃をかまえて常時厳戒態勢をとり、そこから装甲車など多数の軍用車両が出入りする光景は、まさに戦場における陣地にほかなりません。
こうした陣地の建設自体が、それまで「比較的平穏」とされてきたサマワに戦闘を呼び込むことになり、実際、自衛隊を標的にした砲撃事件も起きました。
小泉首相はサマワの現状について「戦闘地域であると判断していない」(九日、衆院本会議)と強弁しています。しかし、それは、自衛隊派兵先にありきで、現実とはまったくかけ離れた情勢認識にしがみついているだけです。現実を直視すれば、政府の言明通り、自衛隊は撤退させるしかありません。
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政府は自衛隊のイラク派兵にあたり、“戦争には行かない。人道支援のために行く”と繰り返しました。その口実も完全に破たんしています。
「自衛隊がイラクに行けば、NGO(非政府組織)やジャーナリストに危険が迫る」――。NGO代表や専門家は繰り返し警告してきました。
「自衛隊派遣は、NGOが取り組んでいる復興支援に対する妨害にしかなりません」
イラク派兵法案をめぐる審議が大詰めを迎えた昨年七月十八日の参院外交・防衛委員会での公聴会――。アフガニスタンの人道援助などを進めている前田朗・東京造形大学教授は強調しました。
前田氏は「イラク人民は、日本が米英軍の戦争を支持したことを十分に知っています。米英軍の軍事占領の現場への自衛隊派遣によって、自衛隊員だけではなく、イラクで活躍をするNGOやジャーナリストなど日本社会構成員も、反感と敵意と憎悪の対象にされてしまう」と指摘しました。
日本国際ボランティアセンター(JVC)の熊岡路矢代表理事も、イラク派兵承認案をめぐる審議のなか、訴えました。
「軍隊的なものが人道復興援助に関係することで人道援助自体がゆがんでしまい、その中立性が失われ、本来の人道援助機関――国連、赤十字やNGOが危険な立場となる」(今年一月二十九日、衆院イラク特別委・参考人質疑)
さらに熊岡氏は「占領軍の傘下と思われれば思われるほど、われわれの活動は難しくなり、危険にさらされる。あえて占領軍と距離をとることで安全を確保しています」と述べていました。その危ぐは、現実のものとなりました。
小泉・自公政権がこうした指摘を無視して自衛隊派兵を強行し、民間人三人の生命を危険にさらす結果を招いた責任は重大です。
JVCは九日、緊急声明を出し、「日本政府が占領軍に協力する形で自衛隊を派遣したことが、本来の人道支援を行ってきた民間の人々を危険にさらす結果に繋がったことに深い憤りを表明します」「占領軍の一翼を担う自衛隊による人道支援は止めるべきです」とし、自衛隊撤退を要求しています。
自衛隊は、NGOを危険にさらすばかりか、派兵の論拠である「人道支援」活動そのものに、もっとも不向きな組織であることが、三カ月の実績ではっきりしています。
自衛隊イラク派兵の「実施要項」は、陸上自衛隊の「人道復興支援活動」として、(1)医療(2)給水(3)学校などの公共施設の復旧・整備―をあげています。
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このうち給水は、石破茂防衛庁長官の説明によると、サマワの人口十六万人のうち、需要は九万人。陸自の給水能力は一日あたり最大八十トンで、給水対象は一万六千人分にしかすぎません(六日、参院外交防衛委)。サマワ市民のニーズには程遠いのが実態です。
一方、イラク国内で活動しているNGOの場合、前出の熊岡氏の国会陳述によれば、八万人から十万人を対象にした給水支援をイラク国内ですでに実施しています。給水能力は、一日千―二千トン。
自衛隊の派兵経費は全体で約四百四億円に対し、NGOの給水活動にかかるのは、数千万円から一億円。自衛隊の活動がいかに非効率であるかは明白です。(表)
そのうえ陸自の給水対象一万六千人というのも、NGOの基準に比べれば、水増しした数字です。市民一人一日あたりの配水基準を五gで計算しているからです。NGOの基準(十―二十g)で計算すれば、陸自の給水量は四千―八千人にすぎません。
しかも、サマワ市民への給水は自衛隊がするのではなく、宿営地まで地元の給水車にこさせ、鉄条網越しに給水。その給水車が市民に提供するシステムです。
水の問題で、専門家は「イラク国内で求められていることは、給水、配られる水ではなくて上下水道」(酒井啓子アジア経済研究所参事、三月二十五日の衆院イラク特別委での参考人質疑)だと指摘しています。しかし、自衛隊には「水源地の浄水は可能だが、水道管の敷設は無理」(陸自幹部OB)というのが実情です。
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医療や公共施設の復旧でも、実情は同じです。
防衛庁が国会に提出した資料によると、医療活動の中心は「医療技術指導・助言」です。実際の活動も、(1)サマワ総合病院での症例検討会に週に一回程度出席(2)サマワ母子病院での診療技術指導―だけであり、直接の治療はしていません。
公共施設の復旧の分野でも、自衛隊は、「そもそも予算を動かす権限はなく、屋根の本格的修理や建物の改修一つとっても、自力では対応できない」(防衛庁)のが実態。同じ地域で活動するオランダ軍が「CIMIC」と呼ばれる民生協力部隊を持ち、「『数えきれない』(CIMIC幹部)事業をこなしている」(「東京」三月十九日付)のとは対照的です。
しかも、サマワでは宿営地付近も含め連日、砲撃事件が起き、陸自部隊は五日から宿営地外での「人道支援」活動を中断しています。
マスコミも「陸自が復興支援活動を継続するのは事実上困難になりつつある」(時事)と指摘しています。
米国への追従のために、人道支援の志を持ってイラクに赴いた日本人の命を犠牲にしていいはずがありません。政府が人道支援を真剣に考えているというのなら、一分一秒でも早く自衛隊撤退の勇気ある決断をすべきです。