2004年6月3日(木)「しんぶん赤旗」
今回のイラク暫定政府づくりの過程で顕著だったのは、米占領当局と、これに任命されたイラク統治評議会が前面に出ることによって、本来中心的役割を果たすべきだった国連が後景に追いやられたことでした。それは暫定政府づくりにイラク国民の声が反映していないことを示すものでもあります。
アナン国連事務総長は暫定政府発足を支持するとしながらも「選出過程は完全でなかった」と表明。現地で暫定政府選出の任に直接あたったブラヒミ国連事務総長特別顧問自身、極度に悪化した治安状況のもとで「国連が国連でない」「そのために失ったものもある」(米誌『タイム』とのインタビュー)と認めていました。
ブラヒミ氏は当初、統治評議会メンバーを排除し、専門家や実務者による選挙管理型の暫定政府を構想していました。結果的には大統領も首相も統治評議会出身者。評議会の閣僚名簿決定を国連が「追認」するという状況になりました。
国連の役割が沈む一方、米占領当局の干渉は露骨でした。結果的には本人が辞退したものの、米軍駐留に理解を示すパチャチ元外相を大統領に強引に据えようと、占領当局の責任者であるブレマー氏自身が最後まで干渉をつづけました。米中央情報局(CIA)とのつながりがあるアラウィ氏を首相に指名したことでも影響力を発揮したことは明白です。
ブッシュ米大統領が一日、「イラク新指導部が米軍残留を望むと確信している」と述べ、アラウィ新首相も同日の記者会見で「イラクの敵を倒すためには、多国籍軍の参加が必要だ」と表明するなど、早くも「蜜月」ぶりが鮮明になっています。
しかし、暫定政府づくりで統治評議会と米占領当局の亀裂が浮かび上がったのも、もう一つの特徴です。大統領に決まったヤワル氏は七百人以上のイラク人が殺害されたイラク中部ファルージャでの米軍の残虐な軍事作戦を批判、米主導の「連合軍」の早期撤退を主張しています。その背景にイラク国民の米占領への批判の強まりがあるのは明らかです。
ヤワル氏の対米批判姿勢が今後どう貫かれるかは未知数です。しかし、親米のアラウィ首相との違いは暫定政権が矛盾と緊張をはらむ要素となっています。
いずれにしても、米占領軍と統治評議会の取引だけでつくられた暫定政権にイラク国民の主張はみえません。イラク国民やアラブ諸国からは厳しい批判が出ています。(カイロ=小泉大介)