2004年9月28日(火)「しんぶん赤旗」
十一月二日投票の米大統領選まで一カ月。アフガニスタンからイラクへと、「対テロ」を口実に世界に戦争を広げるブッシュ政権が続くのかどうか。世界中が見守っています。対外・軍事政策について選挙の基本的な構図を探ってみました。坂口 明記者
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「(対アフガニスタン・イラク戦争の)結果、米国と世界は、より安全となっている」
再選をめざすブッシュ大統領は、票獲得のため穏健化するのでは? 一部に流れた観測も何のその、九月二日閉幕の与党・共和党大会は、先制攻撃戦略や世界平和のルール破壊の単独行動主義を、今後も継続していくことを確認しました。
四年前の選挙で掲げた「思いやりのある保守主義」を再び持ち出したり、自分に「欠点」があると自己批判したり…。ブッシュ氏は今回の大統領候補指名受諾演説で一定のソフトポーズをとりました。しかし超タカ派路線は変わりません。特に大会で採択された政策綱領は、先制攻撃戦略の必要性を改めて強く押し出しました。
そこには、イラクの大量破壊兵器開発をめぐりイラク戦争の大義の破たんが明確になったもとで、9・11対米同時テロを最大限に政治利用するというブッシュ政治の原点に立ち返り、イラク戦争を「対テロ世界戦争」の中心にすえて改めて正当化したいとの思惑があります。
米国が「対テロ世界戦争」に直面しているもとでは、大量破壊兵器が発見されようと発見されまいと、「募りつつある脅威」であったイラク・フセイン政権を先制攻撃して打倒したことは正しかった、という戦争正当化論の組み替えが行われています。
米国にとって、フセイン政権の脅威は「偽りの脅威」でした。これに反し「対テロ戦争」は、9・11の米本土へのテロ攻撃という「実在した脅威」に立脚しています。そこに立ち返り、「対テロ戦争」の指導者としての自己の地位を国民にアピールしようという狙いです。
イラク戦争を批判・疑問視する国民は、いまでは過半数を超えています。それでもブッシュ氏は依然として根深い支持を獲得しています。その背景には、イラク戦争やアフガニスタン戦争の破たんがあらわになっているにもかかわらず、政権奪還をめざす野党・民主党が、そこに正面から切り込んでいないという問題があります。なぜでしょうか。
そこには、ベトナム侵略戦争への対応で党が反戦派と保守派に分裂した苦い過去から、同党の主流派が引き出した屈折した教訓があります。
ケリー大統領候補にも大きな影響を及ぼす民主指導者会議(DLC)という党内右派組織があります。クリントン前大統領らが一九八五年に結成しました。そのシンクタンクである進歩政策研究所のウィル・マーシャル所長は、七月のDLCの雑誌『ブルー・プリント』で次のように指摘しています。
一、過去三十年以上にわたり民主党は、戦争と平和をめぐり深い亀裂を経験してきた。国民は、米国を強い国に保つのは共和党だと確信した。
一、イラク紛争は、党のタカ派とハト派の間の古くからの緊張を前面に押し戻した。
一、しかし民主党は歴史的にみて反戦の党ではなかった。米国を二度の世界大戦に導き、朝鮮戦争に米軍を派遣し、ベトナム戦争をエスカレートさせたのは、民主党の大統領だった。
一、ベトナム戦争の英雄であり、帰国してからは反戦運動の指導者となったケリーは、民主党のイメージを変えることができる。
つまり、「ケリーは根本的には反戦派だ」とする共和党からの攻撃に対し、党内対立拡大を避けつつ、「軍事問題は民主党の弱点ではない」と反論しようというのです。
(1)イラク戦争を契機とした党内対立拡大への恐れ(2)「ケリー=リベラル」との共和党からの攻撃への警戒(3)9・11同時テロ以降の「戦時」状態での政権交代の困難さの自覚―などにより、ケリー候補のイラク戦争についての立場は多分に動揺的なものとなっています。
では、共和党と民主党では違いはないのでしょうか。
イラク戦争に関してケリー候補は、イラク開戦前の議会の武力行使容認決議には賛成しましたが、その後の戦争予算承認決議には反対しました。ケリー氏は、「武力行使容認決議への支持はフセイン政権に圧力をかけるためであり、開戦支持とは違う。武力行使容認決議に賛成した一方で戦争予算承認決議に反対したことには一貫性がある」と釈明しています。
ブッシュ陣営はこれを、「戦争という重大問題でこんなに動揺する人物を軍最高司令官(大統領)にはできない」と、ケリー攻撃の最大の武器としています。「フリップ・フロップ(立場をコロコロ変える)」が、共和党によるケリー攻撃の合言葉です。
ケリー氏は、九月に入ってからは、イラク戦争批判を強め、二十日の演説では、ブッシュ大統領がイラク戦争に突き進んだのは「巨大な判断の誤り」だ、イラク戦争は「(対テロ)戦争から大きくはずれたものだ」などと指摘しました。
同氏は、「私の(政権)一期目に彼らを帰還させるのが私の目標だ」「イラクに基地と部隊を維持する長期的構想はもっていない」(六日)としています。
ここには、イラク戦争そのものを非難せずに、そのやりかた、特に同盟国の支持なしに戦争を始めたことを非難するという従来の基本姿勢からの若干の変化があります。
軍事戦略全般については、どうでしょうか。
一月に開かれた日本共産党第二十三回大会の決議は、今日の世界での「二つの国際秩序の衝突」という問題を提起し、ブッシュ政権の軍事戦略は、「どれ一つをとっても、国連憲章にもとづく平和の国際秩序を根底からくつがえす、危険きわまりないもの」と規定しています。その上で、同政権の軍事戦略の特徴を挙げています。これに照らしてみてみましょう。
まず単独行動主義をみれば、ケリーのブッシュ批判の中心点が単独行動主義批判です。ブッシュ流の「有志連合」路線から伝統的な軍事同盟重視への復帰が軸です。
党政策綱領のたたき台としてDLCが昨年十月に発表した報告「進歩的国際主義」では、国連について、その「欠陥に幻想をもっていない」が、「改革、強化のために活動する」としています。
その路線は、クリントン前民主党政権が提唱した「主導的多国間協力主義」(単独行動主義的傾向の要素をはらみ、米国の指導権を確保したもとでの多国間協力主義)を、9・11対米同時テロ後の「対テロ世界戦争」段階に適応させて軍事色を強めたものとなる可能性があります。
地域政策からみれば、ケリー氏のブッシュ批判は、フランスやドイツなど欧州の伝統的な同盟諸国の米国からの離反を懸念したものです。他方、共和党の政策綱領の欧州政策は、イラク戦争を支持したポーランドなどの中東欧諸国(「新しい欧州」)を重視する一方で、イラク戦争を批判した「古い欧州」に全く言及していません。
先制攻撃戦略に関して、ケリー氏は、先制攻撃の選択肢は保持しつつ、その戦略化を批判しています。先制攻撃の選択肢自体は、戦後の歴代米政権が有していました。ブッシュ政権の先制攻撃戦略は、先制攻撃を、従来の抑止戦略に代わる中心戦略として押し出した点に特徴があります。
DLC報告は、「先制軍事行動を、どの大統領も静かに留保してきた選択肢から、宣言された国家安全保障ドクトリンへと昇格させ」たとしてブッシュ政権を批判しています。民主党の政策綱領は、「彼(ブッシュ)の一方的先制(攻撃)ドクトリンは、われわれの同盟諸国を遠ざけ」たと批判しています。
ケリー氏はブッシュ政権の新型核兵器開発も批判し、「地中貫通型の新世代核兵器開発計画の中止」を公約しました(六月一日演説)。
将来に敵国となる可能性のある国に攻撃の矛先を向ける手段であるミサイル防衛についても、「反対しないが削減する」方針を打ち出しています(同演説など)。ミサイル防衛推進を政権の最重要課題として追求してきたブッシュ政権とは違いがあります。
ケリー氏は、一九六八年末から六九年三月にかけてベトナム侵略戦争に従軍したあと、帰国してからベトナム帰還兵の反戦運動の先頭に立ちました。七一年四月には上院外交委員会で証言し、「われわれの経験から言えば、米国を現実的に脅かすものは、南ベトナムには存在せず、起こりえない」と、ベトナム侵略戦争を批判しました。
八〇年代には、核凍結運動の波に乗って上院議員に初当選し、ミサイル防衛の前身である戦略防衛構想(SDI)に反対しました。
一方のブッシュ氏は、共和党の大物政治家である父親の威光を借り、ベトナム行きを忌避してテキサス州兵となりました。
共和、民主の二大政党は、いずれも根本的には、大企業から政治献金を受け、大企業に奉仕する党です。第三党・第三候補を排除する姿勢も違いはありません。その枠内で覇権主義の暴走を続けるブッシュ政権のもと、国民の批判が高まるなか、残る一カ月間に論戦がどう展開されるか注目されます。