2004年11月14日(日)「しんぶん赤旗」
小泉首相が「混合診療」を解禁しろと指示して、年内に結論を出すよう政府内の作業を急がせています。日本の医療を様変わりさせる混合診療とはどんなしくみなのか、なぜ急ぐのかみてみましょう。秋野幸子記者
「保険」と「保険外」選べるというが… |
混合診療とは、病気やけがを治療するとき、公的保険がきく診療(保険診療)と保険がきかない保険外診療(自由診療)を組み合わせることをいいます。患者から見れば水と油の関係で、法的にもいまは一部例外を除き原則禁止されています。
保険がきけば患者負担は医療費の三割ですが、保険外だと全額自費負担になります。
仮にかぜが自由診療になったとすると、今の価格で五千七百円ほどの治療費が全額自己負担に。保険がきくかどうかで、病院の窓口で支払う金額に天と地のような開きがでてきます。
日本では、サラリーマンは政府管掌健康保険や組合健康保険、公務員は共済、自営業者や無職の人は国民健康保険というように、国民はなんらかの公的医療保険に加入します。
けがや病気になったときには、保険証を持って病院に行けば、基本的にどこでも必要な治療を受けることができます。「国民皆保険制度」とよばれるものです。
混合診療が認められると、医療の中身は「保険」と「保険外」にわけられ、これを患者に選ばせるという口実で保険外診療をどんどん広げていくことにもなります。
差額ベッド代などいまでも弊害が |
いまでもすでに、「特定療養費制度」として混合診療を例外的に認めている場合があります。特定の大病院で行う心臓移植などの「高度先進医療」や差額ベッドなどがこれにあたります。一九八四年の導入以来、二百床を超える病院の初診料や時間外診療など、保険がきかない範囲が次つぎに拡大されてきました。
差額ベッドの負担額は平均で一日五千六百円。月十六万円以上の支払いです。高いところは一日三万円を超え、月百万円にもなります。
深刻なのは六カ月以上の長期入院患者です。六カ月を超えると、ベッド代や看護料など入院にかかる医療費の一部が保険の対象外になるからです。月四万五千円程度の保険外負担が上乗せされ、退院に追いこまれる患者が続出しています。
混合診療が大っぴらにできるようになれば、こういう事態がもっと広がることになるのです。
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医療はどう変わる? |
では、何を混合診療にしようとしているのでしょうか。首相の諮問機関である規制改革・民間開放推進会議がいくつかの具体例を示しています。
たとえば、がんで入院して検査や治療を受けている患者に、まだ保険では承認されていない抗がん剤を使用することなど、保険の適用が認められない新薬や医療機器の使用が検討されています。専門医が有効性があると見立てた医療をいち早く提供しようというもので、安全性が二の次になる危険をはらんでいます。
そのほか、乳がん患者の乳房再建術など患者の希望にこたえた手術も対象に。どれも十万円、百万円単位で金額がかさむものが中心です。検討例が混合診療になると患者負担は具体的にいくらになるのか、同推進会議の事務局に試算を聞いても明らかにしません。国民の知りたい肝心の情報は後回しで、実施スケジュールだけは今年度中の全面解禁と期限を切って国民に押し付けようとしています。
医療現場ではサラリーマンへの三割負担が実施され、受診抑制が問題になっています。混合診療になると、三割どころか「ここから先は保険がきかないので、全額自己負担してください」ということが起きるのです。
そうなると、お金のない人は最先端の医療や薬の使用から締め出されることになります。お金持ち向け中心の医療サービスとなり、高い料金で固定されることにもつながります。患者の支払い能力がそのまま医療の格差となってあらわれる医療制度といえます。
解禁求めているのはだれ? |
混合診療のねらいは、企業が医療でもうけることにあります。
それは、全面解禁論の震源地が国内外の保険企業グループであることからもわかります。がん保険を日本で売り出したアメリカンファミリー生命保険会社などでつくるニュービジネス協議会は、政府内のヒアリング(聞き取り)で「百兆円マーケットが予想できる」「経済の活性化に役立つ」(二〇〇二年九月、総合規制改革会議)と語り、解禁を催促しました。
政府内では旧総合規制改革会議を引き継いで、規制改革・民間開放推進会議が作業をすすめています。その議長は宮内義彦オリックス会長。傘下に生命保険会社をかかえ、「安心の医療保障が一生涯続く」などの宣伝文句で医療保険を売り出している利害関係者です。解禁がもうけにつながるのですから、これほどの癒着はありません。
日本共産党の小池晃政策委員長は十一日の参院厚生労働委員会で、同会議の事務局となる内閣府の規制改革・民間開放推進室の職員の半数が、大企業からの出向社員で占められていることを明らかにしました。出身企業にはオリックス、三井住友海上など保険会社が並び、混合診療の全面解禁を見越した保険商品を売り出しているセコムまで入っているのです。
生命保険や損害保険各社はいま、「健康保険ではまかなえない高額な医療費がかかることもある」と不安をあおり、民間の医療保険の勧誘に巨額の広告費を投入しています。混合診療の全面解禁を、いまかいまかと待ち焦がれているのです。
あわせて、政府や財界には公的医療費を減らすねらいもあります。
日本経団連や財務省の財政制度等審議会は、混合診療の解禁とともに公的保険の範囲を見直すことを求めています。混合診療を認めて、同時に公的保険がきく診療の範囲を狭めれば、医療費のなかの国や企業の負担を抑えられるからです。
「混合診療」解禁、政府・財界の発言は… 小泉純一郎首相 「混合診療については……年内に解禁の方向で結論を出していただきたい」(9月10日、経済財政諮問会議) 尾辻秀久厚労相 「個人的にいえば大きく混合診療を進めるということについては賛成。もう少し進める方向で検討するように指示した」(9月28日、記者会見) 経済財政諮問会議 「“混合診療”について、解禁の方向で年内に結論を得る」(10月5日、民間議員が提出した「今後の課題」) 規制改革・民間開放推進会議 「『混合診療』を全面解禁すべき」(8月3日、中間とりまとめ) 「限られた予算制約下において、すべての医療を保険給付の対象とすることは合理的でない」(10月22日、厚労省への申し入れ) 財政制度等審議会 「公的保険がカバーする範囲を根本的に見直し、保険診療と自由診療の組み合わせを拡大する」「いわゆる混合診療、差額ベッド等限定的に認められている特定療養費の抜本的拡充」(5月17日、「05年度予算編成の基本的考え方について」) 日本経済団体連合会 「いわゆる『混合診療』の容認」「公的保険の守備範囲は必要不可欠なものに重点化すべき」「公的医療保険の守備範囲を見直していく中で、医療・保健サービス分野において民間活力が発揮できる環境をあわせて整えていくべき」(9月21日、「社会保障制度等の一体的改革に向けて」) |
混合診療の解禁には、多くの医療団体が反対しています。
日本医師会は、「健康保険によって治療できる部分が小さくなり、患者さん自身が多大な医療費を負担することになる」と、反対署名を呼びかけています。全国保険医団体連合会(保団連)も、患者団体や各政党の国会議員と懇談会を開いたり、各地で反対の運動に取り組んでいます。
日本共産党は「医療に自由料金制を導入する混合診療に反対」し、「差額ベッド代など保険外負担をなくし、保険で必要かつ十分な医療が受けられるようにする」ことを提案しています。(〇四年の参議院選挙にのぞむ政策)