2004年11月17日(水)「しんぶん赤旗」
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欧州連合(EU)の基本的あり方を定めた欧州憲法(全文四百四十八条)が十月二十九日、ローマで調印されました。加盟二十五カ国のすべてで批准作業が開始され、二―三年後をめどにしての発効を目指しています。この憲法の特徴や問題点をみてみました。(パリ=浅田信幸)
憲法は第二条でEUがよって立つ「価値」を次のように規定しています。
「連合(EUのこと)は、人間の尊厳と自由、民主主義、平等、法の支配の尊重、および少数民族に属する人の権利を含めた人権の尊重の諸価値に基礎を置く」
続いて第三条でEUが追求する目的を「平和とその価値、人民の福祉を推進する(一項)」ことと明記、経済、社会、外交などの分野での一連の課題を列挙しています。
まず経済では「競争が自由でゆがめられない域内市場を市民に提供する」(二項)こと、「完全雇用と社会進歩」をめざすと同時に環境保護に配慮した「高い競争力を持つ社会的市場経済」(三項)の構築があげられました。
社会の分野では「社会的排除、差別とたたかい、正義と社会的保護、男女平等、世代間の連帯、子どもの権利保護を推進する」(三項)としています。
国際外交関係では「平和、安全、地球の持続的開発、諸国民間の連帯と相互尊重、自由で公正な通商、貧困の一掃と人権保護、とくに子どもの権利保護、および国際法の尊重と発展、とくに国連憲章の諸原則の尊重に貢献する」(四項)ことを明記しています。
憲法は随所に、市場原理主義ともいうべき米国型資本主義経済・社会とは異なる“欧州らしさ”を打ち出しています。
とくに人権や法の支配の尊重が強調されていることです。
憲法第一部の「価値」「目標」に加えて、第二部は、世界人権宣言や国際人権規約に基づく基本的人権を網羅した欧州基本権憲章(二〇〇〇年十二月採択)が取り込まれました。
また政策を扱った第三部の第三編「域内政策と行動」では「雇用」「社会政策」がそれぞれ六条、十一条を割いて詳述され、「労働者の健康と安全を守るための労働環境の改善」はじめ政策的課題があげられています。
欧州の労働運動では、経済効率と利潤拡大だけを追求する新自由主義の風潮に対し、社会保障や労働者の権利を重視する「社会的欧州」の推進が要求として掲げられています。憲法はこうした声を反映したものといえます。
さらに国際外交分野で、国際法とくに国連憲章の原則の尊重を明記したことは、単独行動主義への傾斜を強める米国がめざす国際秩序とは一線を画す姿勢を打ち出したものであり、注目されます。
EUは今年五月、中東欧・地中海域十カ国が新規加盟し、人口四億五千万人、経済規模では国内総生産(GDP)約九兆ドル(約九百六十三兆円)と米国に匹敵する政治・経済領域になりました。この拡大EUがイラク戦争をめぐるような内部対立を回避し、一致結束して国連中心の外交を貫くなら、国際政治にも積極的な影響を及ぼすことになるでしょう。
その一方で欧州憲法に対する批判の声もけっして小さくありません。
現実に欧州各国では経済効率重視、競争力強化のためのリストラが進行している事態があります。そのため欧州憲法がその「目的」で指摘しているように「競争」に強くこだわっている事実には「自由主義の神聖化」(仏ユマニテ紙)といった強い批判があります。「社会的市場経済」のうたい文句に対しても、フランスの代表的非政府組織(NGO)であるATTAC(市民のために金融取引への課税を求める会)のニコノフ会長は「苦い措置をのみ込ませる甘味料」「空疎なデマ」だと手厳しく一蹴(いっしゅう)しています。
また「EUの軍事化」を懸念する声も根強くあります。
憲法第四一条は「北大西洋条約から生じる義務を尊重する」(二項)、「加盟国は漸進的に軍事能力を改善する」(三項)と明記しています。
「北大西洋条約」とあるのは米国を盟主とする軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)を指しています。そもそも一般原則を規定する憲法に既存の軍事同盟への「義務尊重」を記述することの不自然さもさることながら、「軍事能力の改善」を時々の政権の追求課題としてでなく憲法の条文に取り入れていることに厳しい目が向けられています。
欧州憲法が発効するには、加盟二十五カ国すべてで批准される必要があります。すでに今年五月に加盟したリトアニアが十一日、議会での批准承認を終えました。一国でも批准できない国があった場合、欧州理事会で対応策を検討するとしています。その際、改めてその国に批准のための時間的余裕を与え、なおかつ批准できない場合はEUからの脱退を勧告することになる、というのが大方の見方です。
批准に向けて仏、英、スペインなど十カ国が国民投票の実施を予定。なかでも結果の予測が困難な仏英などの行方に関心が集まっています。
フランスでは夏のバカンス明けとともに、社会党のファビウス元首相が解決すべき優先課題に「工場の国外移転(雇用流出)」をあげ、「これを変えられない欧州憲法には反対する」との姿勢を明確にしました。〇七年の仏大統領選への出馬に意欲を見せる有力政治家である同氏のこの態度表明をきっかけに、国内では憲法をめぐる論議が広がっています。
同国では一九九二年に、当時のミッテラン大統領がマーストリヒト条約(欧州連合条約)批准に弾みをつけようと絶対の自信を持って国民投票を実施しました。しかし、結果は批准賛成が勝利したものの、反対との差はわずか2%で、かえって欧州統合熱に冷水を浴びせた「実績」があります。
世論調査によると、欧州憲法ではこれまでのところ批准賛成が六割台を占めているものの、国民投票が実施されるのは一年後。批准に失敗するようなことになれば、欧州統合の推進国を自認してきたフランスにとって打撃であるにとどまらず、憲法の発効それ自体が危うくなるとの見方も出されています。
(かっこ内は予定期日)
スペイン(2005年2月20日)
ポルトガル(05年4月10日)
デンマーク(未定)
フランス(05年)
アイルランド(未定)
ルクセンブルク(未定)
オランダ 拘束力を持たない参考的な国民投票に下院多数が賛成の意向
英国(07年前半)
オーストリア
ラトビア
リトアニア(議会で批准済み)
エストニア
キプロス
フィンランド
ドイツ
ギリシャ
ハンガリー
イタリア
マルタ
スロバキア
スロベニア
スウェーデン
ベルギー 政府は国民投票実施の是非は議会が決める問題としている
チェコ 首相は06年6月の総選挙時実施を示唆
ポーランド 与野党ともに国民投票を要求しているが時期で相違。