2005年3月17日(木)「しんぶん赤旗」
主張
人権擁護法案
市民の言動まで規制する危険
政府が今国会に再提出を予定している人権擁護法案について、世論の批判が高まり、自民党内でも異論、反対の声が噴出しています。
法案は、いま国民が求めている迅速な人権救済には役立たず、国民の言論、表現の自由を脅かす根本的な問題、欠陥をもっているからです。
恣意的な運用の恐れ
法務省の外局につくられる人権委員会が、不当な差別や虐待など人権侵害の救済にあたるといいます。
官庁や企業による不当な差別的取り扱いを規制するのは当然ですが、法案は、市民の間の言論・表現活動まで規制の対象としています。
何を差別的とするのかは、裁判でも判断が分かれる微妙な問題です。
ところが差別の定義はあいまいで、人種などを理由とした「侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動」というものです。何を差別的と判断するかは委員会まかせです。いくらでも恣意(しい)的な解釈と適用が可能です。
なかでも相手を「畏怖(いふ)させ、困惑させ」「著しく不快にさせるもの」は「差別的言動」、助長、誘発するものは「差別助長行為」として、予防を含め停止の勧告や差し止め請求訴訟ができる仕組みです。
市民の間の言動まで「差別的言動」として人権委員会が介入し、規制することになれば、国民の言論・表現の自由、内心の自由が侵害される恐れがあります。
「差別」を口実とした市民生活への介入といえば、かつて「解同」(部落解放同盟)が一方的に「差別的表現」と断定し集団的につるし上げる「確認・糾弾闘争」が問題になりました。「糾弾」は学校教育や地方自治体、出版・報道機関、宗教者などにもおよび、校長の自殺など痛ましい事件が起きました。
「糾弾闘争」は現在でも後を絶っておらず、今回の法案は「解同」の運動に悪用されかねません。人権擁護法案どころか逆に、人権侵害法案となることが心配されます。
報道機関による「過剰取材」の部分を凍結しても、「差別」を口実にした出版・報道の事前の差し止めなども可能です。メディアへの介入・規制の危険に変わりありません。
国民の「言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」という憲法第二一条に抵触するような法案では、到底認められません。
また、人権擁護のため、もっとも必要な公権力や大企業による人権侵害の救済にはまったく無力です。
人権委員会が法務省の外局では、同省の管轄下にある刑務所などの人権侵害を救済できないことは明らかです。警察や防衛庁による思想・信条の自由やプライバシーの侵害がしばしば発生していますが、勧告・公表など特別救済の対象外です。
大企業で横行する人権侵害も、厚生労働省など行政にまかせて、救済の対象にしていません。
メディア規制の条項を凍結しても、「いつでも解除できる」とメディアを脅すことになります。
メディア規制条項を許さず、報道被害の問題は、報道機関の自主的な取り組みを基本とすべきです。
根本からやり直しを
法案には、日本ペンクラブ言論表現委員会・人権委員会をはじめメディアにかかわる六団体も「安易に表現の自由への規制を法制化しようとするもの」として反対しています。
こんな法案は国会に提出すべきではありません。国民的合意ができる人権救済の仕組みをつくるため、議論を根本からやり直すことです。