2005年5月4日(水)「しんぶん赤旗」
五・四運動とは?
〈問い〉 中国では「五・四運動」記念日の五月四日に、また反日デモがあるのではないかといわれています。五・四運動とは何ですか。(東京・一読者)
〈答え〉 1919年に中国で一気に高まった一連の反帝国主義・反封建主義の愛国運動のことです。
きっかけは第一次世界大戦の戦後処理を話し合うパリ講和会議(19年1月)です。中国は、日本が奪っていた山東省の旧ドイツ利権の回収、日本の21カ条要求(15年)の撤回、各国の在華特権を認めた不平等条約の廃止を要求しましたが、会議はこれらをすべて却下しました。
5月4日、北京大学の学生ら3000人は天安門前で抗議集会を開き、21カ条要求の撤回、親日派官僚の罷免、パリ講和条約調印拒否などを要求し、日本商品のボイコットをよびかけ、その後、弾圧に対して授業放棄をおこないました。
運動はまたたくまに上海、天津、広州など全国に拡大。孤立した親日派の軍閥政府は6月3日から北京で街頭演説中の学生1000人を逮捕しました。これに対し、商人や労働者が学生に同調してストライキを組織。とりわけ中国経済の中心だった上海では6月5日、商店の閉店による抗議が発生。労働者のストライキ参加は6、7万人に達しました。この結果、政府は、逮捕学生を釈放、親日派官僚を罷免、講和条約の調印を拒否します。
五・四運動は、帝国主義列強の世界再分割策への反対運動であるとともに、売国的な軍閥に対する反対闘争でした。1911年の辛亥革命後、軍閥支配に抗して中国の活路をもとめて「新文化運動」を展開した知識人や学生が、欧米の新思想を積極的に取り入れて民衆とともに運動したのが特徴です。
五・四運動は、1921年の中国共産党の成立に大きく影響。後に国民党との共闘が実現することになります(第一次国共合作)。(松)
〔2005・5・4(水)〕