2005年7月23日(土)「しんぶん赤旗」
アスベスト被害 政府怠慢
大甘規制 29年放置
遅い禁止 裏に大量在庫
吸いこんでから二十―三十年以上も後に悪性腫瘍(がん)を引き起こすアスベスト(石綿)。政府の遅すぎる対応が日本での被害の深刻化と不安を広げています。WHO(世界保健機関)やILO(国際労働機関)がアスベストの危険を警告してからすでに三十数年たつのに、アスベスト完全禁止は二〇〇八年という怠慢――。政府の姿勢が問われます。(宇野龍彦)
アスベストの発がん性などが国際的問題になったのは、一九六四年にさかのぼります。この年十月に、ニューヨーク科学アカデミーがアスベストの健康影響を検討する国際会議を開催。ドイツ、イタリア、イギリス、米国の経験から、アスベストを吸引すると肺がん、がんの一種の中皮腫を発症することを警告する「勧告」を採択しました。
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■日本は輸入急増
この会議で、製造工場だけでなく造船所や建設労働者のほか、工場周辺の住民にも中皮腫被害が出たことが報告されました。「いま日本で問題になっていることは、四十年前に警告されていたことだ」と専門家も断言します。ところが、日本ではこのころから逆にアスベスト輸入が急増(図参照)。七〇年代初めには年間三十万トン前後の輸入になりました。
政府が、アスベストの健康被害への防止を初めて盛り込んだのは、一九七一年に制定した特定化学物質等障害予防規則でした。製造・加工工場で換気装置の設置や吸引防止対策、健康診断を義務づけました。しかし、対象は従事者だけで対策内容も不十分でした。
他方、七二年には、WHOやILOの専門家会議がアスベストの発がん性を指摘。この年、日本共産党の山原健二郎衆院議員は、アスベスト製造工場で従業員に肺がんが多発している実態を取り上げました。旧厚生省は、工場周辺の住民にも被害が出る可能性を認めましたが、その具体策はとりませんでした。
旧環境庁も、労働衛生研究所に委託した調査で、七二年に工場周辺住民に健康被害がでる危険を認識していましたが、八九年まで排出規制基準がつくられませんでした。国がアスベスト使用に初めて歯止めをかけたのはやっと七五年。危険が高いアスベストの吹き付けを原則禁止にしました。
七六年には、旧労働省が通達で、作業場のアスベスト粉じん濃度の基準(空気一リットル中、二千本以下)を初めて定め、アスベストを扱う工場労働者の家族や周辺住民への健康被害の危険性も指摘しました。しかし、家族や周辺住民の健康診断などの対策は放置してきました。
八〇年代になって、学校施設や旧国鉄・JRなどの車両のアスベスト使用も大きな問題になりました。
■WHO基準200倍
他方、WHOは八六年に安全の基準値を「空気一リットル中、十本以下」という日本よりはるかに厳しいものにしました。ところが、日本政府は、このWHO基準の二百倍にもなる七六年の通達基準をことし四月まで、なんと二十九年間も放置してきたのです。
八九年には、大気汚染防止法改正で、工場の敷地境界の濃度をWHOの八六年基準と同じレベルにしましたが、作業場の濃度はそのままにしてきました。毒性の強い茶石綿と青石綿を、日本が使用禁止にしたのも一九九五年のこと。ILO条約で茶・青石綿の使用禁止(八八年)から七年後のことでした。
輸入されたアスベストの九割以上は建材として利用されています。、建設関係労働者や業者の健康被害とともに建物の解体時に周辺に大量飛散した危険性があります。
ことし七月から石綿障害防止規則が制定されアスベスト作業の規制が強化されましたが、それでも企業の責任が努力目標とされています。
政府が、代替品のないものを除くアスベストを原則禁止したのは二〇〇四年。完全禁止は二〇〇八年までに先送りされました。代替品がありながら二〇〇八年までに完全禁止というのは、昨年十月時点で十四社にアスベスト製品の大量在庫があるからだ、と指摘されています。
■各国と比べ遅れ
厚生労働省の戸苅利和事務次官は「ヨーロッパ、アメリカの取り組みと比べると、とりわけ遅かったことはない」(七月二十一日の定例記者会見)と釈明します。
しかし、事実は反対です。全面禁止は二〇〇八年までという日本とは違い、一九八〇年代にはすでにヨーロッパ諸国で相次いで全面使用禁止になりました。
使用禁止はアイスランドが一九八三年。その後、ノルウェー(八四年)、スイス(八五年)、デンマークとスウェーデン(八六年)などと続き、九八年にフランス、九九年に英国も。欧州を中心に二十カ国以上が使用禁止しています。
米国では八九年にアスベストの生産・輸入を段階的に規制。環境保護局は「アスベストに安全量はない」として、屋根・床などの建築材料のアスベスト全面禁止を打ち出しています。
日本では、今まで労働者や家族、周辺住民の健康被害の実態調査もおこなわれてきませんでした。政府がアスベストの健康被害を予防する実効性ある対策をとってこなかったことが、今後も肺がんや中皮腫といった健康被害者を増やす深刻な結果を招いています。