2006年2月26日(日)「しんぶん赤旗」

薬害C型肝炎

危険知りつつ販売

発売前年 感染・死亡者数を予測


 危険な血液製剤を投与されて、少なめに見積もっても一万人以上(旧ミドリ十字推計)がC型肝炎に感染したといわれる薬害肝炎被害。加害企業の旧ミドリ十字(現三菱ウェルファーマ・ベネシス)が、発売前年の一九六三年に血液製剤から多数の肝炎感染者と死亡者が出ることを予測していながら、翌年には安全だと偽って販売していたことが分かりました。

 片平洌彦(きよひこ)東洋大学教授がこのほど福岡市で開かれた「薬害肝炎結審シンポジウム」で報告したものです。

 片平教授によると、ミドリ十字の内藤良一専務取締役(当時、故人)は、一九六三年九月発行の『日本産科婦人科学会雑誌』で「乾燥人血漿(血液製剤)について私のお詫び」と題する論文を掲載しています。

 片平教授が紹介した論文には次のようなことが記述されています。

 (1)紫外線照射は肝炎には「ほとんど無効」と学者から「判決が下された」(2)血液製剤による「肝炎災害」は、罹患(りかん)率5%、死亡率1%などと仮定すると、日本の肝炎患者は毎年五千人で、十年間に五百人死亡すると計算される(3)アメリカから血液製剤製造技術を導入した「張本人として、その罪業の深さを痛感する」

 一方、ミドリ十字は、翌六四年に紫外線照射のフィブリノゲン製剤の承認申請をしました。販売したフィブリノゲン製剤の添付文書には、「紫外線照射を施したものは肝炎発症率は極めて小さく、また罹患してもその病状は重篤でないことが報告されている」と安全性を強調していました。

 ミドリ十字は、発売三カ月前の同年八月、厚生省細菌製剤課長補佐の小玉知己氏を取締役として迎え入れて、同製剤の販売を担当させました。

 片平教授は「多数の肝炎被害者の発生を予測しながら製造・販売していた」とミドリ十字を批判しています。

 薬害肝炎被害者は、全国五地裁で国と旧ミドリ十字に損害賠償を求めて裁判を起こしています。二十日に大阪地裁、二十二日に福岡地裁でそれぞれ結審。六月と八月に判決が出されます。


 ミドリ十字 内藤良一氏が戦後設立した会社。内藤氏は、専務取締役、社長などを歴任しました。同氏は、京都大学医学部卒業後、軍医学校防疫研究室の教官をへて、敗戦まで、中国東北部(旧満州)で捕虜などに人体実験した七三一部隊の石井四郎部隊長の下で「石井の右腕」として働きました。ミドリ十字設立の時には、元七三一部隊員を多数採用しました。厚生省官僚の天下りを多数受け入れて、政・官・業・医の癒着を深めました。


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