2006年5月20日(土)「しんぶん赤旗」
小説『銃口』のモデルは?
〈問い〉 三浦綾子作の小説『銃口』に感動しましたが、モデルはいたのですか?(山梨・一読者)
〈答え〉 太平洋戦争開始の前夜、1940年末から翌年1月にかけて、北海道綴方教育連盟に関係した六十数人が逮捕、弾圧されました。実際にあった事件です。
内務省警保局の「社会運動の状況」によると、検挙は56人、教学局・極秘思想情報によると75人、「調書」だけで返された人は80人を大きく超えるでしょう。恐怖と屈辱で語らない人が多くいます。
このうち、12人が起訴され、うち1人が死亡、43年5月、懲役1年から2年の判決が言い渡されましたが、その論告では共通して「共産主義を信奉し日本共産党の指令で生活綴方教育を実践した」とでっちあげられました。
『銃口』は、「あとがき」にあるように、三浦夫妻がこの事件を綿密に取材調査して、それをもとに書かれた作品です。
小説の主人公・質屋の長男、北森竜太と恩師・坂部先生など、心をうつ人物像ですが、三浦綾子さんの主題は、昭和の時代を天皇と治安維持法、戦争で、描くことだったのです。
最後は、昭和天皇の大葬の日で終わっています。
「『昭和』もとうとう終わったね』『うーんそういうことだね。だけど、本当に終わったといえるのかなあ、いろんなことが尾を引いているようでねえ…』竜太が答えた時、不意に強い風が吹きつけてきた。二人は思わず風に背を向けて立ちどまった」
いまの憲法改悪のうごきを暗示しているようです。
北森竜太や坂部先生に特定のモデルはいません。三浦綾子さん自身が95年の座談会で「私ね、事実はつかうところはつかうけど、『銃口』はつくった人ばかり、人はね」と言っています。
小説には、強制連行されタコ部屋から逃げ出した金俊明という人物も登場します。
こうしたことは実際にあった話ですが、個々の人物のモデルはおらず、彼女自身の戦時下の教員の経験も入っているのです。
『銃口』は演劇にもなり、韓国でも上演され、好評でした。
教職員にとってとりわけ感動をよび、「教え子を戦場におくらない札幌教職員9条の会」結成集会では、綾子さんの夫、光世さんが講演しました。(喜)
〈参考〉鈴木朝英・小田切正監修『戦後北海道教育運動史論』(あゆみ出版)、平沢是曠著『弾圧 北海道綴方教育連盟事件』(道新選書)
〔2006・5・20(土)〕