2006年5月30日(火)「しんぶん赤旗」
学術講演
2006年5月25日、中国社会科学院で
マルクス主義と二十一世紀の世界
日本共産党付属社会科学研究所所長 不破 哲三
中国共産党中央委員会の招待でおこなわれた第二回日中理論会談に出席した日本共産党付属社会科学研究所の不破哲三所長は二十五日、北京の中国社会科学院で「マルクス主義と二十一世紀の世界」と題して学術講演しました。その全文を紹介します。
(1)世界観としてのマルクス主義
講演の主題――今日の世界でマルクス主義はどういう地位を占めるか
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こんにちは。日本共産党の不破哲三です。四年前に「レーニンと市場経済」と題して同じ会場で講演しましたが、再びこの場でお会いしてお話しできることをうれしく思います。
話の主題に入る前に、用語について一言申し上げたいと思います。私たち日本共産党は、自分たちの理論を表現するのに「科学的社会主義」の用語を使っています。中国のみなさんが使っている「マルクス主義」と意味は同じだと思いますが、この用語は、私たちも排除していません。今日はお互いの共通語で話します。
一九八九―九一年のソ連・東欧の旧体制の解体の時、西側では「社会主義は崩壊した」「マルクス主義は破綻(はたん)した」という声があげられました。この声に真実性があったでしょうか。
まず大事なことは、崩壊したのは社会主義ではなかったし、破綻したのはマルクス主義ではなかったということです。マルクスが明らかにした社会主義の理念の核心は、経済では生産者が本当の意味で生産の主人公になること、社会が自由な人間たちの共同社会に発展すること、そして国際関係では平和と民族自決、「道徳と正義の法則」が最高の準則になることでした。
この核心的な理念にてらして、ソ連はどうだったでしょうか。ソ連は、レーニンの時代に、多くの試行錯誤を経ながら、社会主義的発展の軌道を進みだしていました。しかし、スターリン以後、その軌道から離れて、国内的には専制主義と官僚主義、対外的には他国への侵略・干渉・抑圧を特徴とする覇権主義に進み、社会主義の基準に反する人間抑圧型の体制に変質していったと、私たちは見ています。そこで指導思想とされたものも、「社会主義」の名のもとに、この変質した体制を無条件に擁護する独断的な教条主義の一体系でした。
ソ連の解体をもって「社会主義の崩壊」「マルクス主義の破綻」などとした西側の“凱歌(がいか)”は見当違いのものでした。
私たち日本共産党は、ソ連の解体のとき党の声明を発表しましたが、その声明のなかでソ連の崩壊を、社会進歩をさまたげる有害物・歴史の巨悪の解体と評価して、この事態を歓迎しました。それが正確な評価であったことは、それ以後十五年間の世界の動きによって証明されている、と思います。
もう一つ重要なことは、解体の波がソ連・東欧圏だけにとどまったことです。この十五年間のあいだに、中国、ベトナム、キューバは、それぞれ社会主義をめざす独自の路線を確立して、大きな発展をとげています。社会主義をめざす国ぐには、世界経済と国際政治に占める地位と比重をますます大きくしているし、その傾向は二十一世紀にさらに加速されてゆくでしょう。
このように、世界の現実も、「社会主義の崩壊」という西側の“凱歌”を裏切っています。
では、二十一世紀を迎えた今日の世界で、マルクス主義はどういう地位をしめているか。私が今日話したいのは、この問題についてです。
マルクス主義の自然観と現代の自然科学
マルクス主義は、なによりもまず、世界観です。世界におけるその地位は、その世界観が、私たちが生きているこの世界――自然と社会を正しくとらえているかどうかで決まります。
まず自然観への見方という問題から吟味してみましょう。マルクス主義の自然観の第一の特質は、唯物論と弁証法の立場で自然を見ることです。
マルクス、エンゲルスが活動した時代は、自然科学の急速な発展を特徴とした時代でした。エンゲルスは、一八八〇年代に書いた著作のなかで、“現代の自然科学は、弁証法的な総括をまぬがれないところまで来ている”と語り、また“自然科学の画期的な発展のたびに、唯物論はその形態を変える”、つまり、唯物論が新しい段階に発展すると述べて、自然科学の発展と唯物論および弁証法が一体の関係にあることを強調しました。
現代の自然科学の発展は、自然にとりくむ規模の壮大さでも認識の発展のテンポの急速さでも、マルクス、エンゲルスの時代をはるかに超えています。そして、その発展の内容は、物質の奥底にわけいる素粒子論の探究から、百億年をこえる宇宙の歴史の追跡など、あらゆる分野で、二人が活動した時代以上に、唯物論と弁証法の豊かな確証の場となっています。
ここで唯物論にかかわって、若干の問題にふれてみましょう。
マルクス、エンゲルスの当時は、自然科学の発展が、さまざまな分野で唯物論的な見方の正しさを実証していった時代でしたが、生命の問題、精神と意識の問題は、まだ科学による十分な解明がおこなわれておらず、観念論が、しばしばこの分野を自分たちの最後のよりどころにしたものでした。しかし、マルクス、エンゲルスは、まだ自然科学が明確な回答を与ええないでいたこれらの問題についても、唯物論的な見方を大胆にしめしました。
生命とはなにか。「生命とはたんぱく質の存在のしかたである」。意識とはなにか。「人間の意識とは高度に組織された物質である脳髄の機能である」。これが、二人が与えた回答でした。当時は自然科学者のあいだでも、生命と意識の問題で、これだけ大胆な解明は、おそらく少数意見だったのではないでしょうか。
それから百数十年たった今日、私たちは、これらの問題での自然科学の発展が、まさにマルクス、エンゲルスの解明した通りの道を進んできたと、断言することができます。
その後の研究で、すべての生命体は、核酸という物質が、たんぱく質をつくる独特の仕組みをつくりあげていること、この核酸が遺伝子(DNA)の実体をなし、あらゆる生命活動を支配していることが、明らかにされました。これは、生命の唯物論的な実態が明らかにされたということです。いまでは、研究者の間で、ここに、生命科学の基本的な原理があるとまで言われています。
人間の意識の問題ではどうか。この問題で自然科学が到達したのは、人間の脳髄は百四十億の神経細胞のネットワークによって構成されており、精神活動は、すべてこのネットワークの働きによってささえられているという認識です。そして、現在の自然科学は、人間の感覚や思考が、神経細胞のどういう部分のどういう働きと結びついているのかという問題に、意欲的な挑戦をおこない、すでに日々多くの成果をあげています。
こうして、マルクス主義の唯物論的な自然観は、現代の自然科学の発展そのものによってその正しさを実証されてきました。観念論的な自然観のよってたつ根拠は、生命と意識という最後の分野でも、ますます失われつつあるといってよいでしょう。
史的唯物論の諸命題は社会の“常識”になった
では、社会観の問題ではどうでしょうか。史的唯物論がマルクス主義の社会観です。
百六十年前、マルクスがはじめてこの社会観をとなえた時には、これは、社会にたいする一風変わった見方の一つにすぎませんでした。しかし、マルクスが提起した史的唯物論の多くの命題が、いまでは社会の“常識”にまでなったと言ってもよいと思います。
いくつかの基本命題をとってみましょう。
「社会の発展の土台には、経済の構造と運動がある」――こういう命題があります。これは百六十年前にはまったく新しい見方でしたが、いまでは、世界を見るのに、経済の動きを見ないで、政治だけ、あるいは文化だけから、世界の動きを見ようとする人は、ほとんどいないのではないでしょうか。
「複雑な社会関係のなかで、その基礎をなすのは、階級という人間集団の動きである」という命題があります。これも、いまでは常識的な見方です。どの資本主義国の社会・政治を研究する場合にも、ビッグ・ビジネスという大企業集団がどうなっているのか、労働者や農民の状態はどうか、こういう点をよく見ないで、その社会を研究したとはいえません。
「社会の歴史には、経済の型の変化によって、社会形態が交代してきた歴史がある」という命題があります。歴史上交代する社会形態としては、階級のない原始社会、奴隷制社会、封建制社会、資本主義社会、さらに社会主義社会があげられます。すべての国が、このすべての段階をこの順序で通過するわけではありませんが、社会の発展段階を経済のあり方で区別するこの「歴史的感覚」は、マルクス主義の社会観の特質です。こういう見方が、いま、歴史学の分野で大きく広がっていることは、間違いありません。
これらの命題は、すべて史的唯物論の見方として、マルクスが打ち出したものです。それが、いまでは、多くの人びとから、自分はマルクス主義者だと意識しなくても、当然の見方として受けいれられています。ここでも、マルクス主義の社会観は、百数十年間の歴史を通じて、自分の正しさを証明した、と言えるのではないでしょうか。
変化する世界を誰が分析できるのか
“しかし”、とマルクス主義の批判派は言うかもしれません。“史的唯物論は、過去の歴史の説明では成功しているかもしれないが、現代の説明では失敗している。マルクスは、資本主義は没落すると予言したが、この予言は当たらなかった。資本主義は没落どころか、万々歳の発展をとげているではないか”。
そういう人たちに、私は反問したい。“現代の世界は、はたして、資本主義の輝かしい未来を約束しているだろうか”。
まず、この前の世紀である二十世紀に世界がどう変わったかを見てみましょう。二十世紀のはじめには、資本主義は全世界を支配していました。当時の世界人口は約十六億五千万人、そのうち資本主義が高度に発達している国ぐには五億五千万人、総人口の三分の一を占めるにすぎませんでしたが、残る十一億人の人びとを植民地・従属国として支配下において、結局、全地球を支配していました。
しかし、二十世紀を経て、この状態は根本から変わりました。第一に、社会主義をめざす国ぐにが生まれ、二つの体制の共存が世界的な特徴となりました。第二に、植民地体制が崩壊し、世界には、植民地支配を許さない新しい世界秩序が生まれました。私たちは、この二つの変化によって、世界には、それぞれ社会経済的な性格を異にする四つのグループが生まれている、と見ています。
世界の総人口は約六十二億人ですが、そのなかで、発達した資本主義国のグループが人口約九億人です。社会主義をめざす国ぐにのグループは約十四億人の人口をもっています。政治的な独立と主権をかちとったアジア・アフリカ・ラテンアメリカの国ぐにが約三十五億人。旧ソ連・東欧圏の国ぐにが四億人以上。これが今の世界です。発達した資本主義の国ぐには、二十世紀のはじめには、地球の総人口の全体を支配していましたが、いまでは支配下においているのは世界人口の七分の一にすぎません。
この世界の変化を目の前にして、「資本主義の輝かしい未来」が現代の世界の特徴だということが、はたしてできるでしょうか。
あわせて私が指摘したいのは、この変化した世界を分析する力をもった経済学は、マルクス主義の経済学をおいてほかにはない、ということです。
マルクスは、どんな色合いのものであれ、ブルジョア経済学の最大の弱点は、“資本主義の社会しか知らず、資本主義の法則が人類社会の永遠の法則だと思い込んでいる”ところにあることを、くりかえし指摘しました。この批評は、現代の西側経済学にもそのまま当てはまるものです。この経済学は、資本主義的生産様式が、人類史の特定の時代に誕生し発展した特殊な歴史的形態であることを理解しません。したがって、その経済学は、世界には、資本主義に先行する一連の社会形態もあれば、資本主義をのりこえるより高度な社会形態があることも理解できません。
現代の世界は、社会経済体制という角度から見れば、実に多様な国ぐにによってなりたっています。なにを見ても資本主義の色でしか見えない西側経済学の単色のメガネで、どうしてこの多様な世界を見ることができるでしょうか。
たとえば、あなたがた中国の経済です。この国の市場経済は、社会主義をめざす体制を基礎にした市場経済であって、市場経済一般に共通する性格もありますが、同時に、資本主義的市場経済とは別個の仕組みと役割を持ち、別個の論理と法則が働いています。ところが、この別個の仕組みと役割、別個の論理と法則は、資本主義以外の体制を知らない西側経済学には、原理的に理解できないものです。
私はさきほど、マルクスの社会観が、人間社会の発展についての「歴史的感覚」を大きな特徴としていると言いましたが、マルクス主義経済学も同じことを特徴としています。この経済学だからこそ、現代の多様な世界を理解する力をもっているし、なによりも、社会主義をめざす市場経済の論理と法則を発見できる力をもっています。私は、こういう意味で、資本主義以外の経済社会についての経済学を発展させることは、いまマルクス主義が担っている現代的な課題の一つであることを強調したいと思います。
(2)二十一世紀の世界をどう見るか
二十一世紀は資本主義制度の存続の是非が問われる時代
次に、私たちが、マルクス主義の立場から、二十一世紀の世界をどう見ているかについて、いくつかの点を話したいと思います。
私たちは、二十一世紀を、資本主義制度の存続の是非、つまり、これを続けさせることがいいのかどうかが問われる時代――言い換えれば、体制的な社会変革が世界の広範な部分で日程にのぼる時代になると見ています。
私たちのこの見方の最大の根拠は、現代の資本主義が落ち込んでいる矛盾の深刻さです。
マルクスは、資本主義的生産様式を徹底的に分析し、この経済体制が資本の利潤の追求を最大の「推進的動機」あるいは「規定的目的」としており、利潤第一主義が資本主義のあらゆる矛盾の根源をなすことを、明らかにしました。マルクスのこの資本主義批判は、彼が生きた十九世紀の世界だけではなく、二十一世紀における現代の資本主義にたいしてもそのままあてはまるものです。
マルクスの時代には、利潤第一主義が生みだす矛盾として、恐慌・不況の周期的な襲来および社会における貧富の格差の拡大が、なによりも重大な意味をもっていました。この矛盾はひきつづき深刻ですが、現代の資本主義を見る場合、それに加えてとくに注意を向ける必要があるのは、その矛盾が、資本主義制度の存続の是非にも直接かかわる新たな形態で現れていることです。その実例として、二つの問題をあげたいと思います。
(一)一つは、地球人口の半数以上を占めているアジア・アフリカ・ラテンアメリカの人びとの前途の問題です。植民地体制が完全な崩壊をとげてから半世紀近くがたちましたが、資本主義は、その大多数の国ぐにに、自立的な経済発展の条件を提供することができませんでした。そのことへの失望から「失われた十年」ということがしばしば言われましたが、いまや「失われた半世紀」が問題になろうとしています。
もともと、これらの国ぐにが直面している問題は、大局的に言えば、資本主義の侵入によって引き起こされたものです。この侵入が大規模に始まったのは十六世紀のことになりますが、それ以前には、世界のどの地方も、それぞれなりの社会的文化的発展の道を進んでいました。その道が資本主義の侵入によって断ち切られ、さらには植民地支配に組みこまれて、今日の状態にいたったのです。その歴史的責任を負っている資本主義世界が、苦難の時代をへて政治的独立をかちとったこれらの国ぐにに、新しい自立した経済的発展の条件を提供できないとしたら、それは、資本主義的生産様式が、世界体制としての資格があるかどうかを問われているということではないでしょうか。
(二)もう一つは、地球環境の問題です。いま地球温暖化との闘争が、世界の経済と政治の大問題になっています。ここには、人類に資本主義制度の存続の是非を問う重大な危機がひそんでいます。
地球温暖化というのは、地球の大気の構成がいま二酸化炭素の増大の方向に大きく変化しつつあって、それをこのまま放置すれば、やがては地球が人間にとって生存不可能な星となってしまうという問題です。地球大気のなかの二酸化炭素の量は0・03%ですが、これは四億年の間、変わらないできました。それが、利潤第一主義による無制限な経済活動のために、最近のわずか数十年のあいだに変動しはじめたのです。
地球大気の歴史を探りますと、地球が誕生した四十六億年前の地球大気は、成分のほとんどが二酸化炭素で、地表に生命が存在できる条件は存在しませんでした。だから、三十五億年前に生まれた最初の生命体は、海のなかで生きてゆくしかなかったのです。その生命が光合成の作用で二酸化炭素を酸素に置き換える働きをする、その結果が三十億年以上も積み重なって大気がいまの構成に改造され、ようやく四億年前に生命の上陸が可能になったのでした。生命にとって危険物だった大気が生命をまもる役割に変わったわけで、私たちは、その意味で、地球大気を「生命維持装置」と呼んでいます。
この生命維持装置――地球の歴史の初期に、三十億年以上もかけてつくりあげ、その後四億年もきちんとその機能をはたしてきた「生命維持装置」が、いま、利潤第一主義の経済活動によって壊されようとしている。ここに地球温暖化という事態の本質があります。
資本主義がこれを解決する力をもたないとしたら、人類社会は、資本主義にたいして、もはや地球を管理する能力がない、という判決をくださざるをえなくなります。地球環境の問題は、その意味では、恐慌問題以上の、決定的な選択を人類に求めているのです。
私たちは、資本主義のこれらの現状のうちに、この世紀を体制的な変革の時代とするもっとも深い根拠があると見ています。
この世界を体制変革の角度から見ると…
体制変革への可能性は、世界の特定の部分だけに限られた問題ではありません。さきほど、社会経済的な性格から見て、世界の国ぐにを四つのグループにわけてみましたが、その可能性はどのグループにも存在しています。
(一)まず、発達した資本主義の国ぐにですが、利潤第一主義の害悪およびその矛盾の現れは、ここではより直接的です。しかし、体制変革が現実の課題として熟してゆく過程は、どこでもかなり長期の、また複雑なものとなるでしょうし、それぞれの国で、社会主義的変革に接近する道筋を探究する独自の努力が必要になると思っています。
私たちは、日本で、民主主義革命から社会主義革命へ段階的に進む戦略方針をとっています。この民主主義革命は、封建的な支配の打破をめざすという古いタイプの民主主義革命とは、違った性格をもっています。それは、第一に、第二次世界大戦後に日本がおちいってきた「国家的な対米従属の状態」を取り除いて、真の主権・独立を回復するという任務、第二に、資本主義世界でも異常な大企業・財界の横暴な支配を打破する民主的改革を実現するという任務――この二つを主要な任務とする新しい型の民主主義革命です。
これが、私たちが、今日の日本の情勢のもとで、独自の戦略方針として提起し、その実現に努力している方針です。
(二)次に、世界人口の過半数を占めるアジア・アフリカ・ラテンアメリカの諸国の問題です。これらの国ぐには、経済的、政治的、文化的な発展の形態や水準は多様ですが、民族的な独立の強化、経済的向上、貧困の一掃などの諸課題に直面している点では、大きな共通性があります。とくにいかなる外国の覇権主義も許さないという自主的な意欲は、アジア・アフリカ・ラテンアメリカの大きな共通の流れとなっています。
今後の展望は一律に言えるものではありませんが、私たちは、国の独立と民主的課題への真剣なとりくみのなかで、個々の国には、資本主義的な道を通らないで、社会主義的な改革に進む道、これを探究する国が生まれる可能性があることを重視しています。
資本主義の発展の弱い国ぐにで、資本主義の道を通らないで新しい社会形態に進むという道は、マルクス、エンゲルスが早くから予想していた道であり、中国、ベトナム、キューバの革命のなかで実践されてきた道であります。
(三)二十一世紀の革命では、「選挙での多数を得ての革命」という路線が、これまで以上に重要な意義をもっています。
この点で私たちは、ラテンアメリカでの状況の変化を重視しています。ここでは、以前、“この大陸での革命は、武装ゲリラ闘争の道以外にない”と言われたこともありました。ゲバラ主義と呼ばれた路線です。九〇年代末以来、ベネズエラ、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、ボリビアなどラテンアメリカでの左派政権の樹立は、すべて「選挙での多数を得ての革命」という路線によるものでした。
とくにその先頭にたっているベネズエラでは、九八年の大統領選挙での勝利を起点に、二度にわたる反革命のクーデター――軍事クーデターと石油クーデター――を政治闘争で打ち破り、これまでの八年間に少なくとも八回にわたる国民の審判を受け、革命を強力に発展させてきています。これは、特筆に値する闘争だと思います。
マルクス、エンゲルスは、十九世紀の革命についても、人民主権の政治制度が確立している国では、「議会の多数を得ての革命」が可能だとして、その実現につとめました。当時は、人民主権の政治制度をもった国は、ヨーロッパでも少数でしたが、この点で二十世紀に大きな変化が起き、いまでは人民主権の民主主義は、世界の主流になっています。「議会の多数を得ての革命」路線が意義を大きくしている背景には、世界政治のこの変化があります。
二つの体制の共存と競争の新しい段階
二十一世紀という世界的な体制変革の時代の重要な特徴として、私が最後にとりあげたいのは、社会主義をめざす国ぐにと資本主義の国ぐにとの関係――二つの体制の共存と競争が、新しい段階を迎えようとしていることです。
さきほど私は、二十一世紀が、資本主義制度にとって、地球環境の問題など一連の人類的課題に対応する力が試される時代となる、という話をしましたが、これらの課題への対応の力が試されるのは、資本主義制度だけではありません。新たに登場した社会主義をめざす国ぐにも、これらの課題への対応のいかんで、その体制が資本主義に代わるべき社会進歩の有効な形態であるかどうかが試されることになります。ここにこの世紀の新しい重大な特徴があると思います。
過去には、二つの体制の共存と競争といえば、まず経済成長力の競争が問題になった時代がありました。この点はいまでももちろん重要な問題で、日本でも、経済規模をGDP(国内総生産)で比較して、中国がどの資本主義国を抜いたとか、次に日本を抜くのはいつごろになりそうだ、とかのことが絶えず話題になります。
しかし、人類社会が持続的に存続できるかどうかが多くの点で問題になる現在では、そのこと以上に、そうした人類的な課題に、どの体制が有効な対応力をもつかが問題になり、その尺度でその体制の優位性が測られる、という事態が生まれていると思います。
私がこの考えを強める一つの大きな契機となったのは、一昨年、上海で開かれた「世界貧困削減会議」の様子を、イギリスの新聞ガーディアンの取材記事で読んだことでした。この会議は、中国政府と世界銀行の共同主催で開かれたもので、世界から極貧困層をなくす活動をどう進めてゆくか、これを主題とした会議でした。イギリスのガーディアンが熱心に取材して報道しましたが、この会議の初日の状況を報じたガーディアンの記事は、こういう書き出しで始まっていました。「中国は昨日の国際会議で、何億もの人びとを貧困から引き上げる方法についての教訓を世界に提供した。会議は、西洋の発展モデルに代わる力強い対案が出現したことをはっきり示した」。この記事はその根拠として次のような数字をあげています。“一九八一年以来の約二十年間に、中国では、一日一ドル以下で生活する中国人が四億九千万人から八千八百万人へと約四億人減った、この数は同じ時期に世界全体で極貧状態から抜け出した人の数のほぼ四分の三にあたる”。記事はさらに、“ここには、貧困を削減する方法について、私たちが学ぶべきことがある”という世界銀行総裁の評価の言葉も伝えていました。
私はこの記事を読んで、この会議のなかには、現在の段階における二つの体制の競争の状況が、主催者は誰も予測しなかった形で、鮮明に姿を表している、と感じました。
私たちは、中国がいま、急速な経済発展の過程でうまれた一連の矛盾――社会的格差の是正の問題、環境保護の問題、都市と農村の矛盾の問題など――を解決するために、大きな努力をそそいでいることをよく知っています。私がそれにつけくわえたいのは、これらの問題で中国が成功を収めることは、国内的意義と同時に、二つの体制の共存と競争のなかでの成功として、大きな国際的意義をもっている、ということです。
いま経済の分野で、人類的な課題として大きく押し出されている問題の多くは、人間が経済活動を合理的に管理する道を見いださないかぎり、根本的な解決ができない、という性質をもっています。さきほどあげた地球温暖化などの環境問題や資源問題は、その代表的なものです。
日本のある研究者は、環境の汚染、資源不足、廃棄物の大量発生に、地球と人類の存続を脅かす三つの危機的な要因があるとして、これを解決して地球を持続させるための具体的な提案をおこなっています。その提案は合理的なものでしたが、それを本気で実行しようとすると、経済活動を社会の共同の管理のもとにおくという問題をいやおうなしに考えざるをえなくなるものでした。私はそこに、今日の人類的な課題と体制問題との関連がくっきりと現れていることを痛感しました。
マルクスは、『資本論』のなかで、未来の共産主義社会と現在の資本主義社会とを対比して、資本主義社会は、「社会的理性」が、ことが終わってから、つまり破綻が起きてから働く社会だが、共産主義社会では、ことが起こる前に社会的理性が働いて破局を防止する、そういう力をもった社会だという比較論を展開しています。これは、恐慌の問題に関連して述べられたものですが、私たちはいま、より広くかつより深刻な問題で、しかも人類と地球の存続にかかわる問題で、「社会的理性」の事前の働きが、切実に求められる時代を迎えています。
あなたがたが、壮大な未来をもった国づくりで、社会主義をめざす国ならではの優位性を発揮して大きな成功をおさめ、そのことが二十一世紀の世界的な発展の力となることを願って、私の話を終わりたいと思います。ありがとうございました。