2006年8月16日(水)「しんぶん赤旗」

靖国問題の核心から逃げる 首相の無力な「反論」


 小泉純一郎首相は、靖国神社参拝のあとの記者会見で「過去五年間の私の靖国神社参拝に対する批判を考えてみると、おおかた三点に要約される」とのべ、これに「反論」する形で、みずからの行為を正当化してみせました。

行き詰まりに無反省

 首相の「反論」は、(1)中国、韓国が反発しているからやめろというが、一つの意見の対立で首脳会談を開かないという方がよくない(2)A級戦犯が合祀(ごうし)されているからいけないというが、特定の人に対して参拝しているわけではない(3)憲法違反だから参拝はだめだというが、「心の問題」であり、思想・良心の自由がある――の三点です。

 自分の靖国参拝は悪くない、悪いのは批判する側だという論法ですが、そこには首相自身の行為が、日本外交をかつてないほど深刻な事態に直面させていることの自覚もなければ、反省もありません。

 靖国神社は、日本の侵略戦争を「自存自衛」「アジア解放」の「正しい戦争」だったとする宣伝センターです。そこに首相が参拝するということは、神社の歴史観・戦争観(靖国史観)を、政府として公的に認知するという政治的行為になります。国内外から批判されているのも、まさにこの政治的行為であり、これこそ靖国参拝問題の核心です。

国際社会の土台を崩す

 首相は会見で、この核心から逃げて、政治的行為の意味にまったく触れずに、中国、韓国に責任転嫁しました。しかし、「靖国史観」を認知することは、第二次世界大戦での日本・ドイツ・イタリアの侵略を断罪し、反ファシズム・反軍国主義を土台に出発した戦後国際社会の秩序を崩すことにつながります。だからこそ、中国、韓国も抗議しているのであり、他のアジア諸国首脳や米議会幹部や元米政府高官などが批判の声をあげているのです。

 シンガポールのゴー・チョクトン上級相(前首相)は今年二月、国際会議の演説で「(日本の指導者も)弱腰とみられるわけにはいかない」ことに理解を示しつつも、「日本は外交的に孤立しているという事実に基づいて判断しなければならない。他のアジア諸国と、絶望的なことにアメリカでさえ、この問題で日本に賛同することはできない」と警告しました。

 首相が国際社会の土台を崩すという意味を理解できないなら、政治家としての資格が疑われます。もし、理解していて、中国や韓国への偏狭なナショナリズムをあおりたてようとしているのなら、なお罪が深いといわなければなりません。

侵略正当化はぬぐえない

 「特定の人に対して参拝しているわけではない」という理屈はどうか。

 首相が主観的にどう思おうが、中国侵略と太平洋戦争を計画・準備・遂行したとして裁かれた十四人のA級戦犯が合祀されているという事実は消せません。靖国神社は、侵略戦争を正当化するために、A級戦犯を「ぬれぎぬを着せられた殉難者」として意図的にまつっているのです。首相参拝という政治的行為は、政府としてこれにお墨付きを与えることになるのです。

 首相は「(他の)圧倒的多数の戦没者の方々に哀悼の念をもって参拝する」といいますが、A級戦犯の多くは、「圧倒的多数の戦没者」を赤紙一枚の召集令状で戦場にかりたて、捕虜になることを禁じ、補給路も確保せずに玉砕や餓死に追いやった責任者です。それを同一に並べることは、遺族の感情を逆なでするものです。

破たんした「心の問題」論

 首相は憲法一九条を都合のいいように持ち出して、「思想および良心の自由は侵してはならない。まさに心の問題だ」とお決まりのせりふをくり返しました。

 しかし、今回の参拝前、「公約は守るべきもの」などと首相が公約を持ち出したことで、「心の問題」というすりかえは成り立たなくなっています。というのは、公約とは政治的行為を約束することであり、公約をうんぬんした時点で最も私的な「心の問題」ではなくなっているからです。

 憲法二〇条の政教分離原則について首相は「神道を奨励するためにいっているわけではない」と弁明しました。しかし、各地で国民が訴えた靖国参拝違憲訴訟で首相の参拝を合憲とした判断は一つもなく、むしろ違憲判断が二度あった事実を、首相は都合よく忘れているようです。

 自らの行為については人のせいにしない―子どもでも教わる道徳律の基本です。首相はそのことを思い起こし、自らの靖国参拝という政治的行為が日本の国益をいかに損なっているかを改めてかみしめるべきでしょう。(藤田健)


小泉首相の靖国神社参拝関連年表

【2001年】
4・18小泉純一郎氏が自民党総裁選で「総理大臣に就任したら8月15日にいかなる批判があろうと必ず参拝します」と表明
8・13小泉首相が就任後1回目の靖国参拝
【02年】
4・21首相、2度目の靖国参拝
1・14首相、3度目の靖国参拝
【04年】
1・1首相、4度目の靖国参拝
11・21チリでの日中首脳会談で胡錦濤中国国家主席が参拝中止を求める
【05年】
4中国各地で反日デモ
5・12日本共産党の不破哲三議長(当時)が「日本外交のゆきづまりをどう打開するか」と題する時局報告会で靖国神社の本質を解明。以後、欧米の主要紙が靖国神社特集や、首相参拝の批判的記事を相次ぎ掲載
6・2日本共産党の志位和夫委員長が衆院予算委員会で首相に靖国神社の歴史観をどう考えるかと追及
6・20日韓首脳会談で盧武鉉大統領が「靖国神社への参拝問題が日韓関係の歴史問題の核心だ」と指摘
10・17首相が5度目の靖国参拝。中国、韓国の両駐日大使が強く抗議
11・16日米首脳会談でブッシュ米大統領が首相にたいし、「中国をどのように見るか」と、靖国参拝問題をめぐり異例の質問
11・18アジア太平洋経済協力会議(APEC)の際の日韓首脳会談で、盧大統領が首相参拝を「韓国にたいする挑戦でもある」と批判
【06年】
2・6シンガポールのゴー・チョクトン前首相が首相の靖国参拝をやめるよう提言
5・9経済同友会が「日中関係への提言」で首相に参拝の再考を求める
6・29日米首脳会談でブッシュ大統領が「中国とはどうなっているのか」と再度提起
7・20「日経」が昭和天皇がA級戦犯合祀(ごうし)に不快感を示していたという側近のメモをスクープ
8・4同年4月15日に、次期自民党総裁の有力候補とされる安倍晋三官房長官が靖国参拝していたことが判明
8・15首相が内外の中止要求を無視し終戦記念日に6度目の参拝を強行

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