2006年8月31日(木)「しんぶん赤旗」
BC級戦犯とは?
〈問い〉 BC級戦犯とはどういうもので、どのくらいの人たちが裁かれたのですか? 靖国には合祀(ごうし)されているのですか?(宮城・一読者)
〈答え〉 日本が受諾したポツダム宣言第10項は「吾等の俘虜(ふりょ)を虐待せる者を含む一切の戦争犯罪人に対しては厳重なる処罰を加えらるべし」と明記しています。
この条項にもとづく極東国際軍事裁判所条例は戦争犯罪をAからCに類型化しました。
A項は平和に対する罪、B項は通例の戦争犯罪、C項は人道に対する罪についての規定で、各項該当者を各級戦犯と呼んでいます。
戦争指導者を対象としたA級戦犯は国際軍事裁判、BC級戦犯は中国をはじめ米英蘭仏豪フィリピンなどの関係7カ国がそれぞれの国の法規をもとに軍事裁判をおこないました。
B級戦犯は日本も結んでいたハーグ陸戦法規などで規定する捕虜虐待など、C級戦犯は一般の国民に対する非人道的行為、となっていますが、B級は残虐行為の命令者、C級は実行者とする場合もあり、BC級と一括する言い方が一般的です。
旧ソ連でも軍事裁判はおこなわれましたが、同国は1943年10月に発足した連合国戦争犯罪委員会に参加しなかったので全容は不明です。
BC級戦犯裁判は戦場となったアジア各地を中心に国内外49カ所でおこなわれ、被告は5千7百人、死刑判決は984人、死刑執行は920人とも934人ともいわれています(他は減刑や執行前死亡)。被告は、少尉以上が約30%、下士官が約51%、兵が約8%で、他は軍人以外です。被告には、日本の植民地支配化にあった朝鮮や台湾出身者を含む軍人軍属とともに、たとえば秋田の花岡鉱山で中国人が蜂起した際に虐殺した現場関係者や警官、九州大学で米兵を生体解剖した医師なども含まれています。
BC級戦犯の靖国合祀は1959年4月の靖国神社春季例大祭からおこなわれました。
52年4月28日のサンフランシスコ条約公布直後の戦傷病者戦没者遺族等援護法制定と翌年に復活した軍人恩給制度にBC級戦犯がふくまれ、刑死や獄死の遺族にも遺族年金などが支給されることになり、59年4月に靖国神社からの要望という理由で旧厚生省引揚援護局が名簿を、合祀を公表しない、という条件付きで提供して、合祀されたのです。(平)
〔2006・8・31(木)〕