2006年9月30日(土)「しんぶん赤旗」
地蔵盆などをどう考える?
〈問い〉 毎年、自治会のとりくみで、地蔵盆もしていますが、宗教行事を自治会の行事のなかでするのはいかがなものか、という声がでて、今年の地蔵盆はとりやめになりました。日本共産党は地蔵盆などをどう考えているのでしょうか?(兵庫・一読者)
〈答え〉 地域ぐるみでおこなわれる伝統的な行事には宗教的淵源(えんげん)をもっている場合が少なくありません。各種のフェスティバルやカーニバルのように、地域のさまざまな伝統行事が宗教儀式から地域全体の行事になった事例は世界中でみられます。
日本でも、かつての農漁村で豊作や大漁祈願の宗教行事がおこなわれ、地域社会の変遷とともに、現在では神仏への祈願の意味が不鮮明になって民俗芸能化している様態は各地にあります。神社の例大祭以外の時期に、神社境内以外で披露される神楽や獅子舞などもこうした事例です。
地蔵盆を厳密にいえば、地蔵を中心とした特定の行為も、盆と名づけることも、仏教に由来します。京都から関西全域に伝わり、さらに北信越や西日本に広がった子どもが主役の年中行事の一種です。
この由来を忠実に再現する形で、地蔵盆に僧侶が読経するなど仏教行事としておこなわれると特定の宗教行事となります。寺院境内よりも路傍に建てられた石像が中心となっていることが多いため町内会などが主催する事例がみられますが、仏教行事を公的組織が運営するとなると、多様な宗教が存在する地域の住民の信教の自由を尊重することとは両立しません。地蔵盆を仏教行事としておこなう場合は、有志による奉賛会などの主催で、地域住民全体に参加や経済的負担を求めない運営が必要です。
今日の各地の地蔵盆は晩夏から初秋の恒例行事となっている地域が多いようです。地蔵盆が仏教行事としておこなわれるのではなく、宗教性が希薄化して地域全体の風習になっている場合、地域の子どもたちの楽しみであり、親たちが子どもたちの健やかな成長を願う地域住民交流の場とするのであれば、なまはげのような風習の一種ということができると考えます。(平)
〔2006・9・30(土)〕