2000年4月27日(木)「しんぶん赤旗」

 サンフランシスコ条約と安保条約の関係は?


 〈問い〉 日米安保条約は、一九五一年のサンフランシスコ条約にもとづいて同時に結ばれたということですが、二つの条約はどういう関係にあるのですか。(愛知・一読者)

 〈答え〉 「サンフランシスコ条約」の正式名称は「日本国との平和条約」です。アメリカ、イギリスをはじめ対日戦争参加諸国の代表がアメリカのサンフランシスコ市で対日講和会議をひらき、そこで調印された条約です。「講和(平和)条約」とは、その戦争にかかわった国ぐにが戦争の終結を宣言し、領土や賠償金などの条件を取りきめる国際条約のことです。平和の国際関係を回復するためには当然必要なものであって、本来すべての関係国が参加する講和がなされるべきでした。ところがアメリカは、世界に自分の支配的影響力を及ぼす拠点として日本を確保するために、これに賛成する国だけによる講和を急ぎました。日本の侵略で被害を受けた中国、ソ連など多くの国が、この条約に加わりませんでした。

 サンフランシスコ条約は、日本との戦争状態の終結、朝鮮独立の承認、台湾、千島など近接する諸島の権利の放棄、沖縄、奄美、小笠原諸島をアメリカの施政権のもとにおくことなどを決めました。そして第六条で、日本を占領していたすべての軍隊は九十日以内に撤退することになりました。

 この第六条は、「ただし」一または複数の「連合国」と日本との間で締結される協定にもとづく「外国軍隊」の日本の領域における駐屯、駐留は「妨げるものではない」と定めました。そして、この条項にもとづき、サンフランシスコ条約と同時に日米間で結ばれたのが、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」(日米安保条約)で、今日の安保条約は、これを一九六〇年に改定したものです。二つの条約がワンセットで結ばれた目的は、実際には、アメリカ占領軍がひきつづき日本に居すわる軍事的特権を合法化するためでした。そして、この二条約によって日本は形の上では独立国家となったものの、現在にいたるアメリカへの深い従属のもとにおかれることになったのです。(な)

〔2000・4・27(木)〕



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