2000年 8月31日 (木)「しんぶん赤旗」
〈問い〉 最近、イスラエル、パレスチナ、アメリカの中東和平交渉が決裂しましたが、この問題をどう見たらいいのでしょうか。(大阪・一読者)
〈答え〉 七月に米キャンプデービッドでおこなわれた中東和平首脳会談は、一九九三年のオスロ合意にはじまるヨルダン川西岸とガザ地区での部分的なパレスチナ自治をうけ、将来のパレスチナ国家の領土につながる境界線の画定やエルサレムの帰属、パレスチナ難民の帰還などが議題でした。
最大の対立点はエルサレム問題でした。東エルサレムのアラブ人地区での部分的なパレスチナ主権は認めるというイスラエルと、国連決議にもとづき東エルサレムの完全主権を求めるパレスチナとの溝は埋まらず会談は決裂。イスラエル寄りの米国による「仲介」の限界も明らかになりました。
問題の核心は、世界に離散していたユダヤ人がパレスチナの地にイスラエルを建国する一方、パレスチナ人の民族自決の権利は踏みにじられていることにあります。
一九四七年の国連総会は、英委任統治領パレスチナを、ユダヤ人国家、アラブ人国家、エルサレム国連管理都市に三分割する案を決議しましたが、翌年、ユダヤ人はアラブ側との合意なしに一方的にイスラエル建国を宣言。第一次中東戦争の結果、イスラエルはパレスチナの三分の二を領土にし、六七年の第三次中東戦争では、東エルサレムを含むヨルダン川西岸とガザを占領、全域を支配しました。この結果、三百五十万のパレスチナ人が難民となりました。
第三次中東戦争後、国連安保理は占領地からのイスラエル撤退を決議しました。問題解決の基本は、イスラエルの生存権を認めた上で、アラブ占領地からのイスラエル軍の全面撤退と、独立国家建設を含むパレスチナ人の民族自決の承認にあることは明白です。
今回の首脳会談は、エルサレムの主権範囲の線引き交渉などでは根本的な解決にならないことを示しました。当事者の努力はもちろん、国連主宰の和平会議など、問題解決の原則にたった対等・平等な交渉の枠組みづくりも重要になっています。(小)
〔2000・8・31(木)〕
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