太平洋戦争は、「聖戦」「植民地の解放」という美名のもとに始められましたが、実際は泥沼状態に陥った日中戦争を打開するとともに、石油や鉄鉱石など重要な資源のある東南アジアを日本の勢力圏として支配することを目的にした侵略戦争でした。
たとえば、開戦直前に日本の天皇制政府が決定した「南方占領地行政実施要領」(四一年十一月)は、「重要国防資源の急速獲得」を目的とする一方、「原住土民」の「独立運動は過早に誘発せしむることを避くる」としています。
しかも、侵攻した欧米の植民地のフィリピン、マレーシア、シンガポール、ミャンマー、ベトナム、ラオス、カンボジア、インドネシア(いずれも現在の国名)などのうち、形式的に「独立」を認めたのはフィリピンとミャンマー(当時ビルマ)だけ。それも軍政を一年以上つづけたすえ、日本への戦争協力をよりスムーズに引き出す思惑から、軍事・外交の主権を奪ったままのかいらい国家を樹立したというのが実態です。天皇制政府は、侵攻したこれらの地域から資源や食糧を略奪し、文字通り植民地として支配しました。
また、天皇制政府は、それまでに侵略戦争によって奪い植民地として支配していた台湾や朝鮮を「解放」するようなこともありませんでした。
このように、太平洋戦争は、目的においても実態においても「植民地の解放」などとはいえない、不正義の侵略戦争でした。(理)
〔1999・12・12(日)〕
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