2002年4月28日(日)「しんぶん赤旗」
〈問い〉 日本国憲法二五条の生存権・社会権の規定はかなり先駆的なものだと聞いたことがあります。どういうことでしょうか。 (東京・一読者)
〈答え〉 生存権を定めた日本国憲法の二五条は、第一項で「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と、生存権が全国民を対象とする、一定水準の生活保障であることを示しています。また二項で「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と、国が果たすべき責任を指示しています。これらの規定は、国民の運動で内容をより豊かにすることができ、今日にも通じる新しさがあります。
この二五条は、戦前の天皇制政府のもとで劣悪な生活を強いられた国民の、生活改善の要求を反映しています。とくに生存権を明記した第一項は、国会での論議で憲法改正案に新たに書き加えられました。
二五条は国民が生活改善や社会保障を充実させていく要求と運動を繰り広げていくうえで、重要なよりどころとなってきました。また最近は、公害問題などの取り組みを通じて、二五条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」を「環境権」の根拠のひとつに位置づける学説も広がっています。
一九四六年制定の日本国憲法が生存権を具体的に明記したのは、資本主義国ではかなり早い部類に属します。いまでもサミット参加国で自国の憲法に生存権の明文規定をもつ国は、日本のほかはイタリアぐらいです。この生存権は、戦争の原因となった貧困を除去するため、世界人権宣言や国際人権規約にも盛り込まれ、世界で広く認められていきます。
しかし現実の政治は、二五条と大きくかけ離れています。小泉内閣は、大幅な受診抑制を引き起こす医療費の患者負担引き上げなど、医療・社会保障大改悪の計画を進めています。くらし・福祉を国の仕事の中心にすえる、政治の転換が切実な課題です。
(博)〔2002・4・28(日)〕