市町村合併の押しつけと日本共産党の基本的立場日本共産党自治体局はじめに市町村合併問題は、いま地方政治の最大の焦点の一つとなっています。 二〇〇二年四月一日時点で、法定合併協議会の設置は六十五地域、参加市町村数、二百四十九ですが、このほか研究会や検討会などをあわせると、市町村合併をなんらかのかたちで検討している市町村は、五百十七地域の二千二百二十六にのぼり、全市町村の六九%で約七割になっています。一年前の昨年三月には、法定協議会や研究会・検討会あわせて参加市町村は六百七、全体の二割たらずでしたから、様変わりといわなければなりません。 いま全国各地で、行政や議会のなかでさまざまな議論がおこなわれています。住民のなかには、急浮上した市町村合併をめぐって、期待を寄せる声もある一方で、疑問や不安も広がっています。「合併しない」との宣言や態度を表明する議会や首長も、増えています。 本論では、市町村合併について、住民の立場からはどう考え、どう接近すればよいのか、日本共産党の基本的な立場についてあきらかにしたいと考えます。
今回の市町村合併の動きが、ここまで急速に広がっている理由には、なによりも、政府が内閣をあげて推進していることがあります。 政府による市町村合併の推進は、一九八九年の第二次行革審答申(「国と地方の関係等に関する答申」)以来すすめられてきました。しかし、実際に合併にとりくむ市町村はごく一部にとどまり、九〇年から九九年までの十年間で合併したのは、わずかに十地域にすぎません。九〇年代から始まった地方分権の議論のなかで、「分権の受け」として「行財政能力の向上」が叫ばれ、市町村合併が地方政治の最重要課題の一つに位置づけられました。しかし、それだけでは、各地の市町村で合併の議論は始まりませんでした。 地方分権一括法を転機にこの状況が一変することになるのは、一九九九年の地方分権推進一括法の成立が転機です。これを機に、国による市町村合併の推進が本格的に始まり、この押しつけによって全国的に市町村合併の動きが広がったのです。 地方分権一括法の一環として市町村合併特例法(以下、合併特例法。一九六五年に制定され、その後法期限がくるたび十年ごとに延長され、現行法の期限は二〇〇五年三月末)が改正され、市町村合併の促進のさまざまな施策が拡充されました。財政施策の主なものは、地方交付税の算定特例(合併による交付税の削減を緩和する制度)による全額保証の期間を五年間から十年間に延長したこと、および合併特例債(建設事業を中心に返済の七〇%を交付税で措置)制度を創設したことです。 同時に、法改正には、その後の国の動きにとって大きな意味をもつ特徴が二つありました。 一つは、それまで、国と都道府県は基本的に同格の扱いだったものが、国と都道府県のそれぞれの役割を分けて定め、事実上「上下」関係にされたことです(法第十六条)。もう一つは、一括法で改正されたほかの法律はほとんどが、翌年二〇〇〇年四月からの施行だったのにたいして、合併特例法は法改正成立・公布と同時、一九九九年七月十六日に施行されたことです。 この二つの特徴は、ただちに意味をもつことになります。直後の八月六日、自治省(当時)は都道府県知事にたいして、新たな「市町村合併の推進についての指針」を通知しました。そのなかで、二〇〇〇年の早い時期に、県下全市町村を対象にした「市町村の合併のパターン(組み合わせ)」をふくむ市町村合併推進要綱を作成することを要請したのです。 これをうけて、ほとんどの県が市町村合併に乗り出し、各地の市町村に合併の議論や検討の押しつけが始まりました。二〇〇一年三月十九日には、「合併パターン」がほぼ全県でそろったことをうけて、都道府県知事に、新たな「今後の取組(指針)」を通知し、知事を長とする全庁的な合併支援本部の設置、合併重点支援地域の指定、合併協議会の設置の勧告などを要請しました。 総務省のとりくみにとどまらず、政府あげての推進となっていることも、重要な特徴です。 二〇〇〇年十二月に閣議決定された新「行政改革大綱」には、「与党行財政改革推進協議会における『市町村合併後の自治体数を一〇〇〇を目標とする』という方針を踏まえて」との文言が入れられました。翌二〇〇一年三月には、閣議決定によって「市町村合併支援本部」が設置され、内閣全体(総務大臣を本部長に、内閣官房副長官、すべての副大臣で構成)での推進体制を確立しました。この支援本部は、三月、五月、八月、今年二月に会議を開き、関係省庁を網羅した「支援プラン」の具体化などをすすめています。 国は、建前では合併特例法の規定もあるので、「自主的な市町村の合併」と「自主的」をつけてはいますが、実態は国あげての市町村合併の「押しつけ」であることは、経過をみてもあきらかなことです。 「今年度が正念場の年」と号令国が、いわば八か月前倒しして、合併特例法を急いで施行したのは、法の期限が二〇〇五年三月末であり、一日も早く活用したかったからです。二〇〇一年八月に総務省がしめした「合併協議会の運営の手引き(マニュアル)」は、法定協議会の設置から合併の実現までは、二十二カ月、約二年ほどかかるとしています。 このことからすれば、法期限の二〇〇五年三月までに合併するためには、二〇〇三年の春ごろ、年度でいえば今年度のうちに法定協議会を設置する必要がある、ということになります。 ですから、国はいま「平成十四年度は正念場の年」(片山総務大臣)と号令をかけ、合併押しつけに必死になっているのです。 今年二月の政府の支援本部会議では、小泉首相が「一、〇〇〇を目標に合併を進めていきたい。この目標に向けて協力をお願いする」とあいさつしました。この会議で、片山本部長・総務大臣が「期限があるから盛り上がっている」とのべ、「合併特例法の期限を延長しない方針を確認した」と報道されています(「自治日報」三月一日付)。この「法期限を延長しない方針」や「法期限は二〇〇五年三月」をことさらに強調するのは、「法期限を過ぎれば地方交付税の算定特例や合併特例債などが適用されなくなるから、いまのうちに」と、全国の市町村を合併に追い込むためにほかなりません。 「法期限」問題をどう考えるかしかし、「法期限を延長しない方針」は、その後の政府の公式の文書やホームページなどでも紹介されていません。 ことし三月末に、片山総務大臣は全国の市町村長と議会議長に署名つきの「手紙」を送りました。まったく異例のことで、合併押しつけの恫喝」と批判する首長も生まれ、マスコミも「焦り」と書きました。この「手紙」でも、「(合併特例法は)時限立法であり、その期限は平成十七年三月となっております。残された期間はあと三年となりました」、「できるだけ早期に合併協議会を設置していただきたい」と「要請」していますが、「法期限を延長しない」などの記述はありません。 市町村合併が実際にどのくらいすすむのかわからない、いまの段階で、「法期限を延長しない方針」を政府が公式に決めることはできないからでしょう。 合併による激変緩和措置を根幹とする特例法をなくせば、その後、合併にすすむ市町村はまず出てこないと考えるのが常識です。とくに地方交付税の算定特例は、合併したからといって、すぐに市町村の職員を大幅に減らすことはできないので、その分の交付税を措置し、財政運営が破たんする事態を避けるという目的でつくられた制度です。一九六五年の合併特例法の制定時には、この算定特例は五年間だけでした。その後九五年と九九年の二度の改正で、この算定特例は十年間は全額保証、さらにその後五年間は段階的に特例分を縮減するという、いまの制度になりました。 こうした当初からの制度もふくめて、特例法をなくすということは、いわば国としては「もはや市町村合併はしなくてよい」というに等しいものです。 国がこれからも市町村合併を推進しようとするならば、多少の改正はあるとしても、特例法そのものを廃止することは考えにくいことです。 「法期限」や「延長しない方針」の強調が、国の意図および客観的に果たす役割としては、この二、三年の市町村合併への追い込みであることは異論のないところでしょう。経団連は、四月四日の地方分権改革推進会議に出した「地方分権改革について」という文書のなかで、「議員定数の特例や交付税額の算定の特例を含め、平成十七年三月末で特例措置を廃止することを明確化すべき」と提言し、その目的を「特例法の期限内での市町村の取り組みを促すため」とはっきりいっています。 もちろん、合併が住民多数の意向であり、その道をつうじて新しい地域づくりをめざすことで合意している地域が、地方交付税の算定特例が厚くなっているいまの合併特例法のもとでの合併をめざすことは、当然のことでしょう。しかし、住民や議員のなかに合併への不安や疑問が広がっている地域や自治体では、このような「法期限」による「脅し」的な押しつけに安易に乗らないことが大切です。 住民の不安や疑問の声を真剣に検討もしないで、「とにかく合併特例法のあるうちに。だから今年中に法定協議会の設置を」と協議会設置などを急ぐのは、拙速のそしりを免れません。
そもそも市町村合併とは、二つ以上の市町村で新しい市町村をつくること(新設合併)、または一つ以上の市町村が他の市町村に編入されること(編入合併)をいいます。この市町村合併について、日本共産党は「合併だから反対」とか「合併には賛成」など、合併そのものについて固定的な態度はもっていません。 市町村合併の押しつけに反対、住民の利益と意思を尊重二〇〇〇年十一月の日本共産党第二十二回大会の決議は、「『地方分権』をかけ声に、市町村合併のおしつけが本格的にすすめられようとしている」ことに警告を発し、「その多くは、大型開発を効率的にすすめる体制をつくること、住民サービスを合併を機会に切り下げることなどにねらいがある」と批判しました。そのうえに立って、日本共産党の基本的立場として、「わが党は、自治体の『逆立ち政治』をいっそうひどくする市町村合併のおしつけに反対し、合併問題はあくまでも住民の意思を尊重してきめるべきであるという立場で、この問題にのぞむ」ことをあきらかにしました。 この決議で明確なように、日本共産党が、いまの国による市町村合併の推進を批判しているのは、二つの理由からです。 一つは、市町村合併によって「自治体リストラ」をすすめ、中長期的には国の地方への財政支出の大幅な削減をはかりつつ、一方、大型開発をより効率的にすすめられる体制づくりをねらっていること、二つには、「自主的な市町村合併」といいながら、その実、国による押しつけ、強力な誘導策であり、地方自治の精神に反するものだからです。 ねらいは、安あがりで財界に都合のよい自治体づくりいま、国や財界などが、市町村合併によってねらっているのは、安上がりで財界に都合のよい自治体づくり、財界本位の自治体再編です。それは、一九八〇年代後半から急速にすすんだ自治体の「開発会社化」=大型開発優先路線を、いまの国と地方の財政危機のもとであらたにすすめること、同時に、国から地方への財政支出を、中長期の展望で大幅に削減することです。 いまの地方財政危機の最大の要因が、バブルとその後の国の経済対策にしたがった公共事業の急速な拡大にあったことは、だれもが認めるところです。しかし、国や財界の基本的な立場は、この路線を転換するのでなく、開発型の大型公共事業を中心に引きつづき継続しようというものです。地方自治体でも、とくに都道府県や政令市をはじめ、一定規模の自治体では、大型公共事業の推進の姿勢を変えていないところがほとんどです。 一方、国による「自治体リストラ」の政策をうけて、本来自治体の最大の使命、仕事である住民の福祉や医療などの面での切り捨て、切り縮めがすすんでいます。 介護保険制度も、高齢者介護の措置制度の廃止をともなって創設され、保育の分野でも措置が法文上は削除されました。各地で公立保育所の民営化がすすめられ、公立病院などの経営からの撤退の動きさえ始まっています。これらは、自治体の「開発会社化」のあらたな段階、「住民の福祉の増進」という、自治体本来の使命と仕事の放棄につながる攻撃です。 総務省の「合併協議会マニュアル」でも、「今後の財政構造改革のためにも、市町村合併により、地方行政のスリム化に努める必要があります。市町村合併は、……画期的な行政改革手法なのです」と書いています。 地方分権推進委員会のあとをうけて、昨年発足した地方分権改革推進会議の第四回会議(昨年九月)でも、芳山総務省自治行政局長は「合併についてのコストの削減というのは、そのとおりだろうと思います。我々は行政改革の最たるものだというのが市町村合併だろうと思っていま」すと答えています。 総務省は、その試算をし、市町村が一〇〇〇程度になれば、地方財政は四兆円から五兆円を縮減できるとしています。 地方交付税の「見直し」、道州制のたくらみも市町村合併の背景に、こうした国からの地方支出の大幅削減のねらいがあることは、「地方交付税の見直し」が政府や財界サイドで盛んに議論されていることにもしめされています。 昨年、小泉首相や塩川財務大臣の発言を機に、「地方交付税の見直し」が検討課題として浮上しました。とくに、地方交付税を大幅に削減するために、各市町村が標準的な行政をおこなえるように国が財源を保障するという、地方交付税法が定める基本的な性格と役割を切り縮めようという議論が、政府の機関ですすんでいることは重大です。国から地方への税源移譲は自治体の要求ですが、その議論さえ、国や財界のねらいが、地方交付税の大幅削減、変質と一体であることは、警戒しなければなりません。 「道州制」も、市町村合併の押しつけと結んで、公然と議論されています。経済財政諮問会議に出された民間議員の文書では、「市町村合併が進んだ段階での都道府県のあり方や道州制についても審議されることを望む」、「できる限り迅速に結論を得ることが強く期待される」としています。経団連も先の文書で、「市町村を一〇〇〇程度に再編する」ことと一体に、「道州制を含め具体的な検討に早急に着手し、市町村合併特例法の期限(平成十七年三月末)までに方向性を取りまとめるべきである」と強調しています。 道州制をめぐっては、いまの都道府県を事実上なくして、全国を七から十程度の道州にわける案がさまざま出されています。道州制となれば、財界が巨大プロジェクトなど大型開発をすすめるには、都合がよいでしょう。しかし、住民の自治はほとんど実態を失い、その機能は基本的に国の出先機関にすぎなくなり、もはや地方自治体とはいえないでしょう。 国による市町村合併の推進は、こうした戦後地方自治制度の根本からの改悪再編の一環としてすすめられていることを、みておかなければなりませんせん。
日本国憲法は、「地方自治の本旨」を高らかに宣言し(第九十二条)、自治体首長や地方議会議員の住民による直接選挙を規定(第九十三条など)するとともに、地方自治体による財産管理と事務処理、行政執行の権限を明記(第九十四条)しました。 ここにもしめされるように、「地方自治の本旨」が「住民自治」と「団体自治」を基本的な内容としていることは、国、総務省がこれまで解説してきたことです。とくに、市町村合併問題は、その地方自治がおこなわれる基礎的なかたちをどうするのかということですから、他のなににもまして、住民の意思と自主性が尊重されるべきものです。 しかし、今回の市町村合併の動きは、「住民自治」の主体者である地域住民の意思から生まれたものでも、「団体自治」の担い手である地方自治体の意思から生まれたものでもなく、国による上からの押しつけで広がっていることは見たとおりです。このこと自体、日本国憲法がうたう「地方自治の本旨」に真っ向から反するものといわなければなりません。全国町村会が、国による合併の強制に反対しているのは当然のことです。 したがって、日本共産党は、各地の市町村合併についての議論や検討も、憲法の保障する地方自治の精神に立って、あくまで住民の意思と自主性を尊重し、それぞれの市町村が主体性をもって対応すべきであると考えます。 そして、各地での具体的な市町村合併の動きにたいしては、日本共産党は、背景や国のねらいをふまえ、押しつけには反対し住民意思の尊重をつらぬくようもとめるとともに、それぞれの地域での市町村合併が、住民のくらしや利益、住民自治にとって、どういうものとなるのかをその地域の具体的な状況に照らしてあきらかにする、その分析や検討を住民のなかに広く知らせ、住民とともに考えていくという立場をとっています。「国による押しつけ合併だから反対」という機械的な態度はとりません。そうでなければ、市町村合併について、住民がみずからの意思で自主的に適切な判断をしていくことに貢献できないし、また日本共産党の合併への是非の態度について、住民からの共感と支持を広げることもできないでしょう。 住民が意思をしめすという場合、住民に、市町村合併をめぐっての公正で的確な情報、資料が十分に提供されていなければなりません。それは本来、行政の最小限の責任です。実際に各地の行政が発行している資料をみると、総務省の議論の引き写しや焼直しなどが多く、不正確で一方的な議論が主な内容になっているものも少なくありません。行政にその責任を果たすようもとめるとともに、日本共産党や住民運動としても独自に分析し、住民のなかに公正で的確な情報を十分に提供する努力も大切です。 合併問題を考えるいくつかの基準それぞれの地域で市町村合併問題を考えるさいの、もっとも基本的な立場は、住民の利益をまもることと、住民の自治を広げ、尊重するという見地をつらぬくことです。その立場に立って、どんなことを基準、モノサシにして、その地域、市町村の合併問題を考えていけばよいのでしょうか。その基本点を考えてみましょう(詳しくは「8問8答」もぜひ参照してください)。 (1)住民の利益。利便、サービスや住民負担はどうなるか 総務省の「合併協議会マニュアル」でも、「役場が遠くなって不便にならないか」を、デメリットの第一にあげています。住民の関心や不安も大きな問題です。支所や出張所などが残るのかどうか、支所・出張所でもできる手続き、逆に本庁舎(市役所・役場)でなければ受け付けてもらえない手続きにはどういうものがあるのか、新しい市役所・役場から遠い地域、交通の便のよくない地域がどのくらい生まれるのかなど、県内や近隣の市町の実態も一つの参考に、それぞれの地域での条件をふまえた検討が必要です。 また、近隣の市町村であっても、行政の水準に違いがあるのが普通です。総務省は「サービスは高い水準に、負担は低い水準に調整される」といっています。しかし、実際には、合併後にサービスは低下する一方、負担は増えたというところも少なくありません。 合併対象の市町村の施策実態の比較一覧表を用意することも必要です。住民サービスでは、高齢者福祉や子育て支援、障害者・児の支援事業、健康診断などの保健医療など、住民負担では、税金や各種公共料金などの実態はどうかなどを、比較してみましょう。 (2)住民の自治。住民の声の行政や議会への反映はどうなるか 住民の声が行政や議会にどれだけ反映されるかどうかは、住民自治の根幹にかかわる問題です。一定数の市町村による合併の場合、行政や議会が、地域の住民から地理的にも精神的にも遠くなることを心配する声が出るのは当然です。 地方議員や農業委員の定数はいくつになるのか、旧市町村ごとには何人ほどになるのかは簡単に推計できます。市役所・町役場の職員数はどうなるのか、地域や住民に身近な職員の配置はできるのかどうかも、大事なことです。 総務省は「地域審議会があるから大丈夫」などと説明していますが、それはせいぜい地域の意見や要望を出す場であって、なんら行政上の決定権はなく、地方議会に代わりうるものでないことはあきらかです。 (3)地域の将来。地域の経済や旧市町村はどうなるか 深刻な不況が長引き、過疎もすすむなかで、合併に期待を寄せる住民のなかには、いまの沈滞気味の町に活気がもどればとの思いも、つよいのではないでしょうか。合併したら、地域の経済は活性化するのかどうか、合併すると、どういう施策が新しくできるようになるのか、それは合併しなければできないものなのかどうか、地域の産業の現状と、それぞれの行政の計画なども分析してみることです。行政などが、「合併すれば経済が活性化する」と宣伝している場合には、その根拠をあきらかにさせ、検討しましょう。 また、合併によっていわゆる周辺部になる住民から、「中心部は栄えても周辺はさびれる」との不安が出されるのは当然です。総務省は、「新市町村建設計画」で旧市町村の地域間のバランスをとるようにしている、といいます。しかし「新市町村建設計画」の国の財政支援は、十年間にかぎられたものです。旧市町村の役所・役場がなくなり、職員が大幅に減ると、旧役場周辺の商店や商店街はどうなるか、その地域はどうなるのか、地理的、経済的、社会的な条件をふまえ、どんなことが予測されるのか、検討してみることです。 (4)自治体財政。将来の見通しはどうなるか 「交付税がこれ以上減らされたら、合併するしかない」という声も、よく聞きます。合併した場合しない場合で、それぞれの地域、自治体の財政がどうなるのかは、住民サービスがどうなるかにもかかわる大きな問題です。 「新市町村建設計画」の財政計画が十年間程度とされていることから、十年間の財政推計しかつくらない行政もあります。しかしこれでは、「合併すれば有利」になるのが普通です。最初の十年間は、地方交付税の算定特例が適用され、一方、合併特例債を活用できる時期だからです。問題はその後です。最初の十年間をすぎると、地方交付税は本来の額に大幅に減り、約十五年後からは、合併特例債の返済のピークをむかえる時期が重なります。二十年間ほどの財政推計でなければ、合併する場合、合併しない場合の財政見通しの比較の公正な推計資料とはいえません。 * * 市町村合併は、住民にとって、自分たちの市町村のあり方、かたちを決めるものです。いったん決めれば、何十年にもわたるのがふつうです。自分たちの自治体を今後、将来どういう自治体にしていくのかに直結する問題です。 いま、あらためて、地方自治、住民自治とはなにか、住民にとってのまちづくりとはなにか、が問われています。合併問題が浮上しているところでは、これを住民が地方自治と地方政治について真剣に考える機会として生かし、住民自身が悔いのない結論を出していくことがもとめられています。日本共産党は、そのために力をつくすものです。 |