重大な罪を犯した精神障害者をどう処遇するかという問題に、国民が切実な関心をよせ、大きな議論の対象となっています。政府もいまの国会に、この問題で新しい制度を創設するための法案を提出しています(心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案)。加害者となった人に、万全の医療と社会復帰のための適切な観察・援助を施すとともに、同じ加害者による同様の事件の再発を防ぐための対策を確立することが、強い社会的要請となっています。
わが国の刑法は、「心神喪失者の行為は、罰しない。心神耗弱(こうじゃく)者の行為は、その刑を減軽する」(第39条)と定めています。このもとで、殺人などの重大な罪を犯した加害者が「心神喪失」や「心神耗弱」と判定され、不起訴あるいは無罪が確定すると、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」の定めにしたがって、検察官の「通報」によって精神病院への「措置入院」の手続きをとるというのが、現行のやり方です。
しかし、現在、わが国の精神医療の現状がきわめて劣悪なために、十分な治療が受けられずに数十年も病院にとじこめられたり、治療が不十分なまま社会に放り出され、地域社会におけるケア体制も不十分なまま放置され、再び罪を犯すという事態が起きています。精神障害者の犯罪そのものは、一般の犯罪とくらべて少ないとはいえ、あってはならないことです。現状を放置しておくことは、犯罪被害者にとってあまりにむごいことであると同時に、加害者=患者にとっても悲劇だといわなければなりません。
たとえ重大な罪を犯したとはいえ、刑事責任を果たす能力を欠く人には刑罰を科さないという刑法の考え方自体には道理があります。しかし同時に、その加害者を放置しておくことが許されないことも明らかです。適切な治療を施したうえで社会に復帰させることが必要です。その治療にあたって、病状や犯した行為の内容によっては、一定の強制的な入院措置をとることも避けられないことです。
精神障害者による犯罪行為を防止するとともに、社会復帰を適切にすすめるうえで、より根本的には、精神医療全体の水準を抜本的に引き上げ、地域ケア体制の整備をはかることが欠かせない課題です。同時に、実際に罪を犯してしまった精神障害者をどのように処遇するかについて、医療と犯罪予防の両方の分野で、国民の納得できる合理的な法的手続きや、治療、社会的フォローアップ体制を確立することが急務となっています。
日本共産党は、政府提出法案の吟味をふくめ、この問題の重要性と緊急性にてらして慎重に検討を重ねてきました。その結果、新設する制度には少なくとも以下の内容が盛り込まれるべきだと考えます。
新設される制度は、国民の人権に直接かかわる制度ですから、慎重さを期すために一定の複雑さをもつものとならざるをえません。以下、事件の発生と捜査、処分の決定と執行の流れにそって、この制度に盛り込むべき内容を提案します。
現在は、加害者が逮捕された時点で「心神喪失」と判断されると、検察官は不起訴処分とし、刑事的な扱いはその段階で終了するとともに、検察官の通報による「措置入院」の手続きに移行します。
しかし、この判断の基礎となる精神鑑定は、いわゆる「簡易鑑定」であり、きわめて不十分なものです。しかも、逮捕されて勾留あるいは鑑定留置されている期間には、ほとんど治療はおこなわれません。現行制度がこのように大きな欠陥をもっていることについて、精神医療関係者などからきびしい批判がよせられてきました。政府提出法案は、この点の改善策をなにも提起していません。
逮捕・捜査段階での精神司法鑑定について、「鑑定基準」を定め、現在裁判でおこなわれている鑑定と同程度の水準に高めるべきです。そのため、充実した鑑定の研究・研修制度を国の責任で確立すべきです。
捜査段階での「精神治療制度」を創設し、治療中断をひきおこさずに捜査をすすめる体制を保証すべきです。必要に応じて拘置所から病院に通院させ、警察・検察による被疑者の取り調べが時間外におよぶ場合は指定医師の同意がある場合に限るなど、病状の悪化をまねかない措置を講ずる必要があります。
現行制度のもとでは、不起訴・無罪となった加害者について、検察官の通報にもとづく、2人の医師による「措置入院」の判定がおこなわれています。この制度は、入院の判定をもっぱら「治療の必要性」の観点からおこなうものですが、事実上、「再犯のおそれ」の判断も医師にゆだねられるものとなり、当然、医師の側から「荷が重い」などの批判がよせられてきました。
政府が提出した法案は、これを改善するために、「入院治療」「通院治療」などの加害者の処遇を、裁判官と医師による合議の審判で決定する制度をつくろうとするものです。
日本共産党は、適正・妥当な処遇決定のために、合議体による「審判制度」を導入することに賛成するとともに、より合理的で充実した制度とするために、以下の内容を盛り込むよう提案します。
――政府案は、裁判官1名・医師1名の計2名による合議体に処遇決定の審判をおこなわせるとしています。これに、精神保健福祉士など精神障害者の保健・福祉に関する専門的知識・技能を有する人(1名)を加えて、計3名の構成による合議体とし、より適正な判断ができるようにすべきです。この審判にはもちろん、検察官・弁護士が関与するとともに、必要に応じて犯罪被害者の傍聴を認めるものとします。
審判においては、医療処分の内容((1)入院治療(2)通院治療(3)申し立ての却下)を決定するとともに、加害者の「再犯のおそれ」をみきわめ、判断すべきです。
一部には、“「再犯のおそれ」の判定は不可能だ”との主張もありますが、現行の精神保健法のもとでも、医師(2名)が「措置入院」を決定するさい、「自傷・他害(自分を傷つけ、他人に害をおよぼすこと)のおそれ」を判定することになっています。裁判官、医師、精神保健・福祉の専門家による合議体が、病状や本人の犯罪歴、おかれている社会生活状況などを慎重かつ精密に検討するならば、現行制度以上に的確に「再犯のおそれ」を判定することが可能であり、それはまた、市民の「不安」を解消する方策ともなりうるものです。
医療処分の継続の是非については、当初の審判と同様の3名の合議体によって、年2回以上定期的に審判を開いて判定し、不当な人権侵害がおきないようにします。
「入院治療」は、原則として国公立病院でおこなうようにします。そのための体制を早期に確立し、施設・設備の充実と医療内容の改善をはかります。精神医療の実態と医療内容の改善・研究のために、国立の「司法精神医療研究所」を設立します。
「通院治療」の決定を受けた患者については、通院先病院で十分な治療を施すことは当然ですが、それだけでは患者の社会復帰への展望が見えてきません。社会福祉関係者・保健所・精神障害者福祉センター・地方自治体の関係部門など、地域社会全体の協力体制を確立して、患者の社会復帰を見通した生活援助・指導をすすめる必要があります。そのコーディネート役を果たすものとして、厚生労働省の管轄する国の機関である「国立精神障害者支援センター」(仮称)を設立します。
政府案は、法務省が管轄する犯罪者の更正保護機関である「保護観察所」に、この役割を担わせることにしています。しかし、「保護観察所」には、精神障害者を受け入れる体制も専門性もありません。医療を基礎としながら生活援助・指導、社会復帰の促進をはかるためには、新しい機関を設置することがより望ましいと考えます。また、このようなセンターを設置しておけば、将来、罪を犯して「通院治療」処分を受けた患者だけでなく、精神障害者全体を対象に、治療・生活・雇用などについて相談を受け、援助する活動、精神障害者にたいする差別・偏見を根絶する広報・行事をすすめる機関として発展させることも可能になります。
今日、精神障害や人格障害などが原因となって重大な罪を犯す人の大半は、いわゆる「初犯」です。したがって、事件が起こってしまった後の対応だけでは不十分なことは明らかです。精神障害・人格障害を起因とする犯罪行為を抑止するためにも、先進諸国にくらべてきわめて遅れているわが国の精神医療・保健・福祉の全体の改善・充実策がもとめられます。このことは、「再犯」の防止にとっても意義あることです。この面の対策は、今回の、罪を犯してしまった精神障害者の処遇制度創設とは相対的に別の問題であり、一定の期間・予算が必要となりますが、以下の施策を並行してすすめる必要があります。
――保健所や市区町村の保健センターの充実、都道府県の精神保健福祉センターの拡充をはかるとともに、地域精神医療のネットワークを確立する。
――精神障害者にたいする在宅福祉サービス(グループホーム、ホームヘルプサービスなど)を、抜本的に拡充する。
――夜間・休日の精神科当番医制度や、電話相談・対応システムをつくるとともに、24時間対応可能な精神科救急医療体制の整備をすすめる。
――精神科診療報酬を改善し、人員配置基準を引き上げるなど、精神科医療体制の充実をはかる。
重大な罪を犯した精神障害者の処遇制度創設をめぐって、一部に、「精神障害者の人権を無視した『保安処分』だ」という批判があります。
「保安処分」は、戦前の人権弾圧法であった治安維持法のもとで、刑期を終えた者を「予防拘禁」と称してひきつづき獄中にとどめたり、ナチス政権下のドイツで多用されたものです。今回の制度がこのようなものであってならないことは、いうまでもありません。
同時に、真剣に考える必要があるのは、凶悪犯罪から市民の生命と安全をまもり、不安を解消し、再び同様の被害者を生まないための制度的保障を確立することが、切実な社会的要請になっていることです。歴史的にも、各国は、加害者=患者の治療対策を確立するとともに、刑事政策の一環として、犯罪から市民をまもるためのいわば「保安」的な施策を講じてきました。
日本共産党は、新設する制度に「医療上の観点以外の要素をもちこんではならない」という考え方には立ちません。わが党は、国の責任で加害者=患者に万全の医療を施し、社会復帰を援助するとともに、市民を犯罪からまもり、不安を解消する措置をとってこそ、国民の願いにかなう制度になりうると考えます。日本共産党が提案する「入院治療」「通院治療」に関する一連の措置は、このような立場を踏まえたものです。