2002年10月12日(土)「しんぶん赤旗」
いったん北京飯店にもどったが、李鉄映(りてつえい)さんとの会談の予定は午後六時、間もなく出発となる。行き先は、今度は人民大会堂。今日の日程は、釣魚台から中南海、そして人民大会堂と、地理的には、北京の政治中枢めぐりといった感がある。
人民大会堂の高い石段を上がり、巨大な大広間を通り抜け、エレベーターで会場に昇る。会場で、李鉄映政治局委員・社会科学院院長と初対面の握手。中連部からは王家瑞(おうかずい)副部長や李軍(りぐん)局長代理が、社会科学院からは蒋立峰(しょうりつほう)日本研究所所長の顔が見える。李鉄映さんは、党の政治局委員であり、社会科学院の院長であるという二重の肩書で出席しており、いちいち肩書で呼ぶのもむずかしいので、このあとの呼び名は、李鉄映さんでゆきたい。どうかご容赦を、というところである。
まず「会見」方式の意見交換。李鉄映さんが、歓迎のあいさつのあと、「まず不破議長から」と言われたが、これでは、どこから何を話してよいか分からない。「この席で何から話すのが適当でしょうか」と反問しながら、李鉄映さんがおそらく予想をしなかったであろう問題を提起してみた。
不破「私は、あなたのお父さんの本を読んだことがあります。たしか中国の統一戦線について論じた本でした。お父上は、党の中央で、統一戦線の仕事をなさっていたのではないでしょうか」。
李さんは、驚いた表情だったが、「そのとおりです。父は統一戦線、また理論面の仕事をしていました」と答えた。
この問答には、背景があった。前回の訪問の時は、そこまでのゆとりはなかったが、今回は、会談が予定される人物について、飛行機のなかでいくらかの勉強をしてきた。中国側が公式に発表している経歴もあれば、日本で書かれた人物評もある。そこに目を通しているうち、李鉄映さんのところで、目についたところがいくつかあった。一つは、大学では物理学を専攻していたという経歴、もう一つは、中国共産党の長老の一人、李維漢(りいかん)がお父さんだということである。李維漢といえば、もう四十年ほど前になるだろうか、新日本出版社から、『中国における統一戦線』という本が、続編とあわせて二冊出て、読んだ記憶がある。一冊ぐらいは、わが家の書庫に残っているはずである。
この話題が転機になったのか、次のような言葉を皮切りに、李鉄映さん自身が理論問題についての自分の考えを語りはじめた。
「本日は、国際、国内で中国が直面する問題について、理論家である不破議長の意見を聞きたいと思います。おたがいに物理専攻で、理論問題を研究しています。私も、社会科学院の責任者になって、いろいろな理論問題にたずさわっています。本日、出張から帰ってきたばかりですが、議長は昨日、社会科学院ですばらしい学術講演をされました。これに感謝したいと思います」。
李さんは、それから、恒久平和の国際的枠組みをいかにしてつくってゆくかの問題、中国の未来にとって重要な、社会主義と資本主義についての正しい認識の問題、中国で建設に取り組んでいる「中国の特色をもつ社会主義」の問題、経済のグローバル化という状況のもとで社会主義の近代化を推進する問題など、簡潔ではあったが、多岐にわたる問題提起だった。いま党大会を前にした全党的討論の大きな主題となっている「三つの代表」の思想は、社会主義の近代化の指導理論と位置づけられていた。