2002年10月18日(金)「しんぶん赤旗」
訪中四日目の八月二十九日、午前の日程は、「四季青郷(しきせいごう)」地区の訪問である。以前から北京市民にたいする野菜の供給地で、春夏秋冬、いつも畑に緑が絶えないところから、「四季青郷」の名がついた、という。しかし、都市開発の波のなかで、緑地の減少が目立つようになり、いま、緑地の拡大を目標の一つとする再開発に取り組んでいるところだとも聞いた。
まず到着したのは、「郷」の事務所。「郷」とは「区」の下の行政単位だが、住民数八万人、面積七十六平方キロメートルというから、日本でいえば、十分に「市」の資格をもつ単位である。郷長の王啓明(おうけいめい)さんから、郷のあらましの説明を受けた。
注意を引かれたのは、「郷」として、独自の年金や医療保障の制度をつくっている、という話。それだけの財政力が、「四季青郷」にはできているのだろう。
中国の現状では、社会保障の制度は、企業単位、「郷」単位などが主になっていて、全国的に統一された社会保障制度がまだ弱い、と聞いている。十三億の人口全体を包括する社会保障制度をつくることは、経済力のよほどの発展なしには困難なことだろうが、ここに今後の大きな課題の一つがあることは、間違いないところだろう。
入り口のホールに出たら、壁に、「四季青郷」の現状と、再開発でどうなるかの目標とを、用途別の色分けで示した二つの地図がならべて掲げられている。その地図を見ながら、「開発で緑化地域が増えるというのは、流れが日本とは逆向きだな」と話し合ったりした。
続いて、この郷の敬老院に案内される。五百人収容の老人ホームだが、敬老院という命名がいい。
廊下を進むと、奥の教室風の部屋で数十人のおとしよりが歌を歌っている。歌の好きな人たちの練習の会だとのことだが、耳に入るメロディーは、なんと日本のものだった。「北国の春」である。みなさんの机の上には、「北国之春 (日) 井出博・詞 遠藤実・曲」と書かれた手書き印刷の楽譜がそれぞれ広げられていた。五線音譜ではなく、数字で音階を示した音譜で、曲の下に中国語に訳した歌詞が一番から三番までつけられている。
最初のところを紹介すれば、こんな調子である。
「亭亭白樺 悠悠碧 空微微南来風、 木藍花開山嶺上、……」
数字の音譜には、私には、幼いころの思い出がある。わが家に、手製の粗末な表紙を父がつけた童謡集があった。雑誌『赤い鳥』などの、大正から昭和初年にかけてよく歌われた新童謡を集めたもので、音譜は全部数字だった。“これなら僕にも分かるのでは”とオルガンに自己流で向かったりした。それと同じ、なつかしい数字の音譜である。
みなさんが歌い終わると、案内の方は「それではここで」と、そのまま引き揚げそうな風情をみせた。あわてて引き留めて、「日本の歌での歓迎、ありがとうございました。この歌を作曲した遠藤実さんは、私の親しい人ですから、今度お会いしたら、みなさんのことを必ず伝えます」とあいさつした。みんな大喜びで、「この歌はみんな大好きです」という声が返ってきた。「そのことも伝えますよ」と言って別れたが、そのあとで敬老院の方に頼んで、楽譜を一枚いただいてきた。(つづく)