2008年1月17日(木)「しんぶん赤旗」

経済時評

投機マネー 跳梁させた経済学


 二〇〇八年は、株価の急落、原油価格の一〇〇ドル突破、金価格の史上最高値更新、ドル安(円高)など、激動のなかで明けました。

 こうした経済変動が投機マネーの跳梁(ちょうりょう)によるということは、すでに衆目の一致するところです。世界のマネーは、GDP(国内総生産)の三・二倍、一京六千兆円という天文学的な規模に膨れ上がっているといいます。

 それにしても、わがもの顔に世界経済を撹乱(かくらん)している投機マネーにたいし、国際的に有効な規制がとれないでいるのはなぜなのか?

 投機マネーの活動の中心に、国際的な金融大資本が参画し、基軸通貨ドルのもとで国際金融を取り仕切ってきた米国の利害が深くかかわっているという実態があります。

 しかし、このように投機を野放しにする国際金融の実態とともに、投機マネーの活動を積極的に弁護・奨励してきた“経済学”の責任を忘れることはできません。

ケインズが提案した投機マネー規制策

 もともと、資本による投機的活動を経済学のなかで理論的に明確に位置づけたのは、J・M・ケインズでした。

 ケインズは、その主著『雇用・利子および貨幣の一般理論』(一九三六年)のなかで、資本主義のもとでは、投資市場が活性化し、発展するときには、投機的資本の活動がともなうという「投資誘因」の理論を展開しました。しかし同時に、ケインズは、投機的活動があまりに肥大化することには強い警戒感をもち、次のように主張していました。

 「投機家は、企業の着実な流れに浮かぶ泡沫としてならば、なんの害も与えないであろう。しかし、企業が投機の渦巻のなかの泡沫となると、事態は重大である。一国の資本発展が賭博場の活動の副産物となった場合には、仕事はうまくいきそうにない。…このような傾向は、われわれが『流動的な』投資市場を組織することに成功したことのほとんど避け難い結果である」(注1)

 そこで、ケインズは、「投機が企業に比べて優位である状態を緩和するためには、政府がすべての取引に対してかなり重い移転税を課すことが、実行可能で最も役に立つ」(注2)という投機規制策を提案しました。

市場経済における「投機」の役割

 ケインズの危惧(きぐ)にもかかわらず、その後、新自由主義派の市場原理主義の経済学が主流になるとともに、「投機」の有用な役割が一面的に強調されるようになりました。

 たとえば、ノーベル経済学賞を一九八二年に受賞した米国のシカゴ大学の重鎮、G・J・スティグラー教授の経済学教科書(注3)をみると、市場の価格決定のしくみのなかで、「投機」がいかに大事な役割をはたすか、詳しく解説されています。そして、市場経済のなかでの投機家の役割が、「将来のある時点における需要と供給のさまざまな条件についての確率を推定する人」と定義されています。

 では、市場経済には、なぜ将来の需給条件の確率を推定する人(つまり投機家)が必要だというのか?

 かいつまんでいえば、投機家が将来の需給条件の確率を推定して、潤沢な投機資金を市場へ投入するから、資金の流動性が高まり、価格変動のリスク・ヘッジ(危険の回避)が円滑にすすむ。そのため将来の価格の乱高下が緩和され、現物市場の過熱、急騰も抑制される―こういう理屈です。

 たしかに、将来の需給動向を推測しておこなう先物取引などは、資本主義市場経済のもとでは、価格変動の乱高下を平準化する一定の機能をもっています。しかし、それはあくまでも現物取引にたいする副次的取引として機能するときです。

 ところが、いま世界市場ではいかいしている投機マネーは、価格の乱高下を自ら引き起こして世界経済を撹乱するモンスターになっています。ケインズが危惧したように、まさに、世界経済が「投機の渦巻のなかの泡沫」になりかねないのが実態です。

フリードマンの「投機奨励」論から「金融工学」へ

 新自由主義派の“投機理論”は、市場経済の基礎理論の段階から、さらに発展しました。

 とりわけ、その大きな契機となったのは、一九六〇年代から七〇年代へかけて、国際通貨制度のあり方をめぐって為替投機の評価について国際的な大論争がおこったときでした。

 新自由主義派の理論的な指導者、M・フリードマン教授は“為替投機は、変動相場制のもとで為替レートを安定化させる役割を果たす”という論陣を張りました。こうして、新自由主義派の経済学から太鼓判をもらって、一九七〇年代に主要国の通貨が変動相場制に移行すると、巨額な投機マネーが大手を振って活動するようになりました。

 さらにIT(情報通信)革命は、投機マネーの活動に拍車をかけました。新自由主義派の金融理論家は、「金融工学」などと称して、高度な数学とコンピューターを駆使して、さまざまな新しいデリバティブ(金融派生商品)をあみだし、住宅など不動産までも証券化して投機的取引の舞台を拡張してきました。 

 昨年以来、世界の金融市場を震撼(しんかん)させているサブプライム・ローン(低所得者向け住宅ローン)の破たんも、こうした「金融工学」理論にもとづいて、米国のCDO(債務担保証券)が世界中にばらまかれた結果です。

※  ※  ※  ※

 スティグラー教授は、先に紹介した経済学教科書のなかで、こう述べています。

 「大衆…は、常に投機家に敵意を抱いており、誰かが将来を予測したり、予測の誤りによる危険を負担したりする必要があるという経済学者の議論を聞き入れない」(注4)

 しかし、歴史の舞台は大きく反転し、いまや“スティグラー教授たちの経済学者”のほうこそが、投機マネーの跳梁に怒る大衆の声を聞くべきときがきたのではないのでしょうか。(友寄英隆)

(注1、2)ケインズ『雇用・利子および貨幣の一般理論』(東洋経済新報社、一五七ページ、一五八ページ)。ケインズは、資本の利子率の決定を「流動性選好説」という新しい理論で説明し、その「流動性選好」の要因の一つに「投機的動機」をあげている。

(注3、4)スティグラー『価格の理論』(有斐閣、一一一ページ)



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