2008年7月31日(木)「しんぶん赤旗」
自由化一辺倒のWTO
世界の現実が拒否
食料危機に対応できず
新たな貿易自由化の枠組みを交渉する世界貿易機関(WTO)ドーハ・ラウンドの非公式閣僚会合が決裂しました。WTOが追求してきた体制が、世界の現実から拒否されたのです。(北川俊文)
ドーハ・ラウンド交渉の開始にあたり、競争力の差による不利を憂慮する発展途上国をも引き込むため、その呼称は「ドーハ開発アジェンダ(課題)」とされました。しかし実際は、自由貿易が世界を繁栄させるという主張に反し、世界で貧富の格差が拡大し、貧困が拡散しました。農業・食料の分野では、それが特に顕著です。
自給率を高めて
世界の食料事情は、WTOが発足した当時とはまったく違っています。各地で食料不足が起き、世界は食料危機を懸念しています。世界中で食料生産の拡大が緊急に求められています。
日本でも、WTO協定受け入れ後、農産物輸入の急増や政府による価格政策の廃止などにより、農業の荒廃が加速しました。食料自給率は39%にまで低下しました。日本のように食料生産の条件のある国が自給率を高めることは、国際的責務でさえあります。
国民に食料を安定的に供給することや、そのためにどんな農業政策をとるかは、各国の主権(食料主権)の問題です。WTO協定を含め、他国に従属させられるべきものではありません。農業・食料はもともと、自由貿易一辺倒の施策にはなじまないのです。
伝統農業の衰退
しかし、WTOは農業・食料分野で、各国が農業補助金など生産刺激的な政策をとることを否定し、農産物の貿易自由化をひたすら追求してきました。そのもとで、圧倒的力を持つ多国籍企業が世界の農産物市場への支配を強めました。その結果、世界の家族農業など伝統的な農業が衰退させられ、貧富の格差や飢餓がかつてなく広がりました。
国連人権理事会に提出された「食料に対する権利に関する特別報告者」の報告(一月十日)は、この事態を強く批判しました。この十年間、自由化が進む一方で、「かつてなく多くの人が今日、恐るべき恒久的な栄養不足に苦しんでいる」と指摘しています。
米の身勝手批判
ドーハ・ラウンド交渉では、米国は自国の農業補助金を維持しながら、輸入国にはいっそうの市場開放を迫る態度に終始してきました。米国の農産物を、事実上の輸出補助金で競争力をつけ、世界に売りつける戦略です。その身勝手が途上国の反発を受けたのは、当然のことです。
日本は、工業製品の輸出拡大を優先し、見返りに農産物市場を明け渡すという屈辱的な姿勢でした。「鉱工業品の関税引き下げなどで、農業分野での痛みを相殺するのに十分な利益が得られない限り、日本の国内にラウンドの成果を訴えることは難しい」(甘利明経済産業相)という発言が示しています。
経済主権を制約
共産党は問題点指摘
WTO協定が国会を通過した一九九四年十二月八日、日本共産党は志位和夫書記局長(当時)の談話で、WTOの問題点を指摘しました。談話は、各国の経済主権を制約し、多国籍企業と大国の利益のために発展途上国に多大の犠牲を強要すると批判しました。また、日本の農業を荒廃させるとも指摘しました。そして、農業協定の改正をはじめ、WTO協定の不公正な内容の改正を求めました。
今や、非公式閣僚会合の決裂によっても、WTO協定が世界の現状に合っていないことが改めて示されました。日本共産党第六回中央委員会総会への幹部会の報告(七月十一日)も、国際通貨基金(IMF)、世界銀行とならんで、現実に合わないWTOの民主的改革を重ねて提起しています。
ドーハ・ラウンドの歩み
2001年11月 ドーハ・ラウンドの交渉開始を宣言(ドーハ閣僚会合)
03年 9月 投資など新分野めぐり交渉決裂(カンクン閣僚会合)
04年 7月 農業、鉱工業分野の市場開放の枠組みで合意
05年12月 農業、鉱工業分野の市場開放の大枠(モダリティー)合意期限を06年4月末とする目標明記(香港閣僚会合)
06年 7月 主要6カ国・地域(G6)の対立続き交渉中断
07年 1月 交渉再開
6月 主要4カ国・地域(G4)の交渉決裂
7月 農業、鉱工業分野の第1次議長案配布
08年 2月 第2次議長案配布
5月 第3次議長案配布
7月 第4次(最終)議長案配布
非公式閣僚会合の交渉決裂(29日)
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