2003年9月7日(日)「しんぶん赤旗」
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モザイクに描かれているテーマは、実に多様である。人びとの日常生活や自然のなかの動物たちを、リアルに描いている作品も多く、当時の社会と自然、そのかかわりがそのまま実写されているようで、独特の味わいがある。
さまざまな人びとが登場し、その時代のくらしぶりが、生活の各分野で、手にとるように分かる図柄のモザイクもある。山野を走る野獣たちも、自然そのままのリアリズムでとらえられている。
同時に、見るものの目をとくに引きつけるのは、ギリシア・ローマ神話に題材をとった力作群である。美の女神ビーナス、海の神ネプチューン、酒の神バッカス、商売の神マーキュリー、天の神ジュピターから、半人半馬のケンタウロス、英雄ヘラクレスまで、ギリシア・ローマ神話の登場人物が大画面にさまざまな姿で描き出される。書かれている神々の名前もとりどりで、ギリシア風もあればローマ風もある。
なかには、「バッカスの勝利」や「ネプチューンの勝利」と題された画のように、縦横(たてよこ)がそれぞれほぼ五メートルに及ぶ巨大な作品もあった。広い展示室の床いっぱいに広げられて、どこか高い所から見ないと、全体を視野に入れるのが難しいと思われるものだ。
変わったところでは、全面モザイクで飾られた浴槽があった。浴槽の底は、海神ネプチューンの大きな顔である。ネプチューンに下から見上げられながら入浴する気分は、はたしてどんなものだったのだろうか。
私が心を魅(ひ)かれたものに、トロヤ戦争の英雄オデッセーのセイレーン伝説を描いたモザイクがあった。
横三百四十センチ、縦百三十センチという、それなりの大画面。中央には、船の帆柱に身体をしばりつけたオデッセーが、右端に半人半鳥の美女二人のセイレーンが立つ岩が描かれている。左側にはもう一隻の船の姿がある。
場所は、セイレーンたちの美声の魔力に魅せられて、多くの舟人が命を失うという、名だたる魔の海である。その魔の海を、耳栓をせず、あえてセイレーンの歌を聞きながら乗り切ろう、というので、オデッセーが自分を船の帆柱にしばりつけさせたのだった。オデッセーの勇気と挑戦を示す、ホメロスの長篇詩のなかでも有名な場面の一つである。
くりかえし見ても、なにか去りがたいものがあった。これが三世紀、日本でいえば耶馬台国・卑弥呼の時代の作品だというから驚く。
一階へもどると、売店がある。この博物館の展示物をまとめた本はないか、と聞くと、売り切れだという。やむをえず、『ローマ・アフリカの大地』、『古代のチュニジア』、『カルタゴ再発見』などを買い込む。どれもフランス語だが、各地の代表的なモザイクをはじめ、たくさんの写真入りの解説だから、あとでチュニジアの歴史を研究するのに役立つだろう。
買い物をすませたあと、近くの部屋を見て驚いた。
ここは、先史時代など、もっとも古い時代の出土品を展示している部屋だが、天井近くに、アフリカ大陸の移動という地球史的な変化を、連続的な地球図で示した図版がかかげられている。
チュニジアの古代芸術を展示した博物館に、私が地中海を越えるときに頭に浮かべた地球史の図解があるとは。日本では、そういう地球史は、科学博物館での展示の対象になりこそすれ、歴史や美術の博物館の展示に取り入れられることは、まずないだろう。
これは、チュニジアの人たちの歴史の見方の幅広さの象徴なのかもしれない。