2018年10月7日(日)
豊洲の土壌は汚染 交通アクセス悪い
“築地守る” 思い今も 閉場日を追う
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83年にわたって日本の食生活・食文化を支えてきた東京都築地市場(中央区)が6日、営業を終え、閉場しました。小池百合子知事が「築地は守る」とした都民への約束をほごにして、移転中止と現在地再整備を求める市場業者らの声に背を向けての移転強行。移転先の豊洲新市場(江東区、東京ガス工場跡地)は、土壌汚染をはじめとする深刻な問題が何一つ解決しないまま、11日に開場します。閉場日の築地市場の様子を追いました。(記事・細川豊史、吉岡淳一、笹島みどり、写真・橋爪拓治)
「最終営業日」を迎えた築地市場に、いつもと変わらない朝が訪れました。前夜のうちから、全国の産物を積んだトレーラーが続々と正門に入り、夜明け前からターレ(小型運搬車)やフォークリフトがひっきりなしに行き交います。
午前5時15分、生鮮マグロの卸売場では、閉場にあたって手をとって「一本締め」のあと、セリが行われました。同6時には冷凍マグロの、6時半からは青果のセリが行われ、「カランカラン」というけたたましい鐘の音と、独特の掛け声が響きました。
市場には多くの見物客、買い物客が訪れ、場内にある飲食店には、観光客らの長蛇の列ができました。
17歳の息子と飲食店の列に並んでいた女性(50)=千葉県浦安市、会社員=は「豊洲市場には風情がない。土壌汚染の問題も、情報がきちんと出されているのかわからないし、交通アクセスが悪いので、あまり行く気がしません」と話しました。
口にして行動を
水産仲卸業者で、築地女将(おかみ)さん会会長の山口タイさんは「フランスの方から、『築地をつぶすなんてエッフェル塔をなくしちゃうようなものだ』と言われました。本当に情けない。みんな心の中では移転したくないんですよ。それを口にして行動すれば、移転は止まりますよ。そう言って回りたい」と語りました。
「豊洲には行けない」 業者・客 不安口々
安全性は 遠くて不便 スペース少ない
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廃業を決め、店舗の片付けに訪れている仲卸業者の姿もありました。
活エビ、冷凍エビを扱う「土方」の土方敏之さん(75)は「豊洲には行かないよ。店舗が狭すぎて、水槽、冷蔵庫、帳箱(半畳ほどの簡易事務所)を置くことができなくてね。安全が一番大事なのに、土壌汚染があって安全だと立証できないのが問題。築地が続いていれば、もう少し続けていたよ」と、うつむき加減に話しました。
セリに参加していた、青果仲卸業者の米田修さん(58)は「築地は魚と青果の売場が近いから一緒に買ってくれる人がいたけど、豊洲では遠いから、お客さんが来てくれるか不安。八百屋さんも『駐車場がない』と騒いでるしね。(地下水の汚染物質も)青果棟ではすごい数値が出ている」と、せきを切ったように豊洲新市場への不安を口にしました。
「裏切られた」
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都民への約束をほごにして移転を強行した小池百合子知事に対しても「最初はよくやってくれた、(移転を)止めてくれるんじゃないかと、みんな応援したけど、裏切られたというかね」と、複雑な思いを語りました。
38年築地で働き、仲卸から買った荷物を預かる「茶屋」の女性は「豊洲では茶屋のスペースは今の半分もなくなるのでは。仲卸から届いた品物の入った発泡スチロールの箱が破損していれば新しいものに入れ替えてあげたりしていたけど、豊洲では空き箱を置けないからそれもできなくなる」と不満をもらしました。
午前3時半からターレを乗り回して鮮魚の配達をしていた加瀬龍男さん(65)は「豊洲でも仕事はするけど残念でならない。こんなこと(移転強行)がまかり通るなんて、日本は本当にだらしないよね」と肩を落としました。
飲食店や小売店が築地で買った荷物を届ける運送業者の運転手(56)も「豊洲は駐車スペースが狭い。荷物を積む時も後ろからしか積めないと聞いている」と心配します。
「事故が心配」
築地に買い出し、買い物に来ていた人々も、口々に移転の不安を語りました。
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午前10時ごろ、買った荷物が茶屋に着くのを待っていた目黒区のすし店の男性(61)は開口一番、「豊洲はぐちゃぐちゃ」。「マスコミは豊洲に行くことを前提に報道しているけど、大きな事故が起きるのではと心配。豊洲を下見しても、どこに駐車するかなど何がなんだかわからなかったから、来週は5日ほど店を休む」と言います。
一方、築地については「どんなに眠くても、ここに一歩入ると引き締まる。目で見て直接品定めして、仲買の人とやり取りして値引きもできるしね」と話しました。
「移転やめて」
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「アナゴを買いに来たの、フカフカなのよ。ここに来ると元気になるの」と熱く語るのは、一般客として来ていた目黒区の女性(75)です。世界各地の市場を見たことがあると言い「臭くないのは築地くらい。海水で(魚を)流すから衛生的なの。豊洲では床に水を流しちゃいけないっていうんでしょ」と顔を曇らせました。
ターレが走る様子をスマートフォンで動画撮影していた江戸川区の女性(27)は、初めて築地に来ました。「最後なんで見たくて。だって日本人じゃないですか。移転はやめてほしい。豊洲は土壌も悪い(汚染されている)というし」
場内の魚料理店に毎週食事に来ている埼玉県の男性(50)=会社員=は「心情的には、市場はここにあってこそ。さみしいですね。(移転)反対署名もしましたけど。行きつけの店は豊洲に移るけど、アクセスが悪くなります」と話しました。
午前9時半には、労働組合や市民団体が、波除(なみよけ)稲荷神社前で宣伝しました。
閉場時間が迫る中、業者らが口々に思いを語りました。「悔しさは拭いきれない」(水産仲卸の新井眞沙子さん)、「みんなが帰って来られるように築地の建物を残したい」(茶屋の猿渡誠さん)
「市場を守る」
正午には、場内に「築地市場はすべての営業を終えました」と、一般客に速やかな退場を促す放送が流れました。
築地が閉場したあとも、冷蔵庫も道具もしばらく置いておくと話すのは水産仲卸「小峰屋」の和知晃弘さん。「俺は豊洲には行けない。汚染の不安が残っている場所でマグロを提供できない。何かあった時の補償もなしに豊洲には行けない」
築地で働く労働者でつくる全労連・東京中央市場労働組合の中澤誠委員長は、この日もターレで場内を走り回りました。
「今日の築地市場は暗かった。みんな、顔が明るくないの。市場が泣いているようだった。でもまだ、築地市場は壊されていない。築地市場を守るために、できることをしたい」