2018年10月13日(土)
日本政府がいう日米「物品貿易協定」はFTAそのもの
日米首脳が交渉の開始で合意した新しい日米貿易協定は、自由貿易協定(FTA)にほかなりません。「物品貿易協定」(TAG)という呼び方は、日本向けの世論対策です。(北川俊文、杉本恒如)
世論対策 前言翻し交渉開始
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安倍首相は新しい貿易協定について、「これまで日本が結んできた包括的なFTAとは、全く異なる」と力説します。しかし、9月26日に発表された日米共同声明の英文を素直に読むと、「物品、またサービスを含むその他重要分野における日米貿易協定」です。これは、FTAそのものです。
「物品」を他と切り離し、「貿易協定」とつなげて「物品貿易協定」(TAG)とする言い回しは、日本政府の仮訳だけにあります。関係筋によると「日本側はTAGという言い回しを使う」と、茂木敏充経済再生担当相がライトハイザー米通商代表に通告したといいます。
茂木経済再生担当相は12日の記者会見で、「認識は日米で一致している」と語りました。しかし、日本と米国は、それぞれの国内向けに言い回しを使い分けるという認識で一致しているにすぎません。
ペンス米副大統領は4日の演説で、「日本と歴史的な2国間の自由貿易協定(FTA)交渉を始める」と述べました。ただ、日本側に配慮したためか、事後にホワイトハウスの記録が「自由貿易取り決め」と置き換えられました。
日米首脳が合意したのは、英文の共同声明です。日本政府の仮訳ではありません。仮訳のTAGは、安倍首相が前言を翻してFTA交渉を開始するために弄(ろう)している詭弁(きべん)なのです。
市場開放 農業 TPP超えも
新しい日米貿易協定の交渉は、自動車関税引き上げの脅迫に屈し、農産物市場を明け渡すものです。対米貿易黒字の代償に農業を犠牲にしてきた歴史の再現です。環太平洋連携協定(TPP)の水準を超える市場開放も危ぐされます。
安倍首相は9月26日の記者会見で、「日本の農産物については、今までの経済連携交渉においてわれわれが認めたもの以上のものは認められない」と述べました。しかし、共同声明は、安倍首相の言うような立場を「尊重する」と述べているにすぎません。TPP水準を超えないと確約したものではありません。米国が、いったんは合意したTPP水準を前提として、それを超える譲歩を求めるのは明らかです。
パーデュー米農務長官は4日、TPPや日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(日欧EPA)を超える譲歩を求めていく考えを示しました。同農務長官は、「日本がEUに与えたものと同等以上の対応を期待する」「米国の目標は原則TPPプラスになる」などと述べました。
過去、日本政府は、日本オーストラリア経済連携協定(日豪EPA)の水準をレッドライン(越えてはならない一線)だといいながら、TPPではそれを超えました。日欧EPAでは、一部品目でTPPを超えました。
TPP水準にとどまればよいというものではありませんが、新たな貿易協定は、TPP超えの危険が十分にあるのです。
安倍政権の意向に沿った猿芝居
元経済産業省官僚 古賀 茂明さん
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TAGはねつ造です。正文である英語の日米共同声明を読めば、物品とサービスなどを幅広く含む貿易協定の交渉が始まる、ということは明白です。実質的なFTA交渉です。物品だけに限ったTAGなどという、聞いたこともない協定が出てくる余地はありません。
日本はサービスを含まない物品だけの協定にしようと交渉していたはずです。しかし米国は譲らなかった。サービス分野や薬価制度などについても交渉したいからです。
TAGの交渉とサービスの交渉と二つあり、物品を先にやるのだと日本政府は言い訳しています。この説明もおかしい。物品だけの協定をつくればサービスの協定も必要になり、協定が二つになります。しかし正文の「Trade Agreement」(貿易協定)の前には「a」という単数の冠詞があります。協定は物品とサービスを含む一つだけなのです。
共同声明の正文は英文であり、そこに書いてあることがすべてです。日本政府が何を言おうが、英文と矛盾したことは受け入れられません。その英文を外務省は当初、ホームページに掲載しませんでした。外務省の仮訳だけ、仮訳と書かずに載せ、英文を載せたのは4日でした。
英文掲載の正確な日時を外務省に問い合わせたら、たらい回しにされた揚げ句、「言えません」との答えでした。北米2課の担当者は名前を聞いても名乗らず、課長につないでと言っても拒否されました。後ろめたいのだとしか思えません。
FTAとなると厳しい包括的な自由化措置になり、関税は引き下げられ、輸入規制も全部とっぱらわれるという恐怖感が農業関係者にはあります。だから安倍首相は国会でFTAはやらないと答弁してきました。米国との合意がFTAだと言われないためには細工が必要になり、TAGという言葉を日本語訳の中にねつ造して、独立した物品協定があるかのような猿芝居をやったのです。明らかに政権の意向です。来年の統一地方選と参院選で農業票に影響があるようなことは表に出せないという思惑でしょう。
米国側には「TAGと呼ぶよ」と伝えてあるはずです。来年の夏までには結論が出ないのでお互いに好き勝手にいおうということでしょう。これは選挙互助会なのです。米国は貿易交渉に合意したので11月の中間選挙に向けて大きな得点になりました。日本側も選挙があるから来夏までは何とかしのがせてください、という話になっているのでしょう。
米国としても安倍首相は唯一のサポーターです。主要国の首脳でトランプ大統領を持ち上げて「一体です」などといってくれる人は一人しかいません。だから実利はとりつつも安倍首相がうまく泳げるような余裕は与えておく。そういう文脈の中で今回のことが起きたと理解しています。