2019年8月8日(木)
原水爆禁止世界大会・長崎開会総会
7日、長崎市内で開かれた原水爆禁止2019年世界大会・長崎の開会総会では、長崎市長や被爆者らから、新たなたたかいがよびかけられ、被爆体験や「ヒバクシャ国際署名」を広げ、市民社会の力で「核兵器のない公正な世界」の実現へ連帯・努力する決意が語られました。
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主催者報告
署名を世界中に広げ
世界大会議長団 安斎育郎さん
被爆者の「核兵器なくせ!」の声は国際社会にこだまし、2017年7月7日に国連が「核兵器禁止条約」を採択し、核兵器を全面的に違法化する規範を打ち立て、廃絶への重要な一歩を踏み出ました。すでに国連加盟国の3分の2を超える国々に支持され、70カ国が署名し、25カ国が批准しています。
私たちは、核兵器の実戦使用による地獄を体験した日本の政府がこの条約に背を向けていることに強い憤りを感じるとともに、日本政府が核兵器禁止条約を支持して調印・批准のための検討を開始すること、そして、いまだ調印・批准していない国々に対して積極的に呼びかけることを強く求めています。
「ヒバクシャ国際署名」を世界中に広げ、「原水爆禁止世界大会ニューヨーク」に総結集し、核不拡散条約(NPT)再検討会議と国連総会が「生きているうちに核兵器廃絶を!」という被爆者たちの願いに真摯(しんし)に応えるよう、働きかけようではありませんか。
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市民社会の力 集めて
長崎市長あいさつ 田上富久さん
核兵器禁止条約ができて2年。昨日、ボリビアが批准して25カ国に達しました。核兵器廃絶へ、核兵器禁止条約がもたらした希望です。一方で、核兵器をめぐる国際情勢は厳しくなっているなか、原点に返って考えるべきは、市民社会の力です。核兵器をなくす最大の力は市民社会の中にあります。
具体的な方法の一つは「ヒバクシャ国際署名」です。声をあげる、その具体的な行動の形として署名をするということをみなさんとともに広げていきたい。あさっての平和式典で述べる「平和宣言」でも、市民社会の力を再び思い出し、集めようと呼びかけたいと思います。
そして、私たちが被爆者のいる時代の終わりにいることを、みなさんと考えたいと思います。
核兵器のない世界を一日も早く実現するために市民社会の力をともに発揮したい。「核兵器はいらない」というメッセージを広げていただくことを、長崎市民の代表として、仲間としてお願いします。
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被爆者あいさつ
憲法は「無言の遺言」
日本被団協代表委員 田中重光さん
2016年4月、私たち被爆者は最後の力を振り絞って「ヒバクシャ国際署名」を呼びかけました。その1年後に国連で、署名と同じ内容の条約が122カ国の賛成で採択されるとは想像もしていませんでした。
唯一の戦争被爆国である日本政府は、「核保有国と非保有国の橋渡し役になる」とのべています。しかし、自らその橋を落として核保有国と同じ立場に立っています。米国の「核の傘」に頼らず、条約を批准し、核兵器のない世界をつくる先頭に立たなければなりません。それは、国民の世論と運動にかかっています。
第2次世界大戦以降、日本が戦争に巻き込まれなかったのは憲法のおかげだと思っています。現憲法は広島・長崎で犠牲になった人びとの無言の遺言です。9条に自衛隊を明記し、戦争ができる国にすることは絶対にしてはいけません。
2020年は、NPT(核不拡散条約)再検討会議もあり、禁止条約発効にむけて大事な年になります。被爆者も粘り強くたたかうことを表明します。
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開会あいさつ
核兵器廃絶へ流れ止めず
全国商工団体連合会会長 太田義郎さん
来年は、広島・長崎の被爆から75年、核不拡散条約(NPT)発効50年となります。NPT再検討会議が開かれ、「世界大会ニューヨーク」の開催も呼びかけられています。節目の年となる来年に向けて、本大会には重要な意義があります。
昨日ボリビアが核兵器禁止条約を批准しました。70カ国が署名、25カ国が批准し、いよいよ発効へと近づいています。
核兵器廃絶への流れを止めず、逆戻りさせないため決定的な役割を果たしてきたのが世論と運動です。
みなさんの積極的な参加で大会を大きく成功させましょう。
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来年にむけ盛り上げたい
平和大行進者が抱負を語る
開会総会のフィナーレを飾ったのは、「2019年原水爆禁止国民平和大行進」です。
ギター演奏で「ノー・ウオー(戦争)、ノー・原爆」とコールしながら全国の通し行進者と「国際青年リレー」行進者が舞台に勢ぞろい。「なくそう核兵器、いかそう9条」などと書かれた横断幕を掲げました。NPT再検討会議が開かれ、被爆75年となる来年にむけた抱負を語りました。
国民平和大行進は、核兵器全面禁止・廃絶の声を広島・長崎に届けるために「核兵器なくせ」と訴えながら全国各地を行進するものです。11幹線コースを歩いた通し行進者が、それぞれ回った県名をあげると、会場から声援が送られました。
「被爆75年の来年にむけて平和行進をもっと盛り上げたい」「平和行進は私にとって70歳の大学。自信と希望を与えてくれた」「平和なくして登山やスポーツなし」などと笑顔で語りました。会場からは大きな拍手がわき起こりました。