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2019年9月3日(火)

シリーズ 日韓関係を考える

被害者の傷深めた首相

弁護士 大森典子さん

 安倍晋三首相は対韓国輸出規制の強化の動機について、「韓国は国と国との約束を守らない」などと述べ、その一つに日本軍「慰安婦」問題での日韓合意(2015年12月28日)に対する韓国政府の対応を挙げました。しかし安倍首相の発言は道理があるのか。日本軍「慰安婦」訴訟に長年取り組む大森典子弁護士に話を聞きました。(日隈広志)


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 安倍首相が韓国政府の対応を批判したことはお門違いです。

 「慰安婦」問題の日韓合意は、被害にあった女性たちの名誉と尊厳の回復のためのものであるはずです。しかしこの合意は日韓の外交問題処理のためのもので被害者の要求に寄り添ったものではありませんでした。

 合意文書では、安倍首相が被害者に「心からのお詫(わ)びと反省の気持ちを表明する」とされていますが、安倍首相は合意後の16年の国会で何度促されても被害者に向けて直接謝罪の言葉を述べることを拒否しました。さらに謝罪の手紙を送ることについても「毛頭考えていない」(同年10月3日、衆院予算委)と強く否定しました。

 つまりこの合意は、本来の目的である被害者の要求(被害者は日本が加害の事実を認めて心からの謝罪をすることこそ求めていました)を国家間の取り決めで実現しようとするものではなかったわけです。被害者がこの合意では自分たちの要求は満たされないとして、日本からの10億円を原資としたお金を受け取らない、といって拒否している以上、韓国政府としてこの合意を進めることができないのは当然のことです。

 合意の根本が間違っており、日本政府にも責任があるわけで、韓国政府が約束を守らない、というのは筋違いだと思います。

 日本政府は「河野官房長官談話」(1993年)を継承しているのですから、日韓合意をもとに改めて安倍首相が被害事実を明確に認め、被害者に向けて誠実な謝罪の言葉を国会などで表明し、その後もこの態度を一貫させていれば、合意成立の時点で不十分な合意も本来の被害者の名誉と尊厳の回復につながるものになったかもしれません。しかし安倍首相や岸田文雄外相(当時)の態度はまさに被害者の傷を深めるものでした。

ゆがんだ歴史認識で外交

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(写真)ソウルの日本大使館前での水曜デモで、「慰安婦」問題をめぐる日韓合意に抗議する市民=2015年12月30日(遠藤誠二撮影)

 さらに日本政府は合意後、「日本政府が発見した資料の中では軍や官憲による強制連行を確認できるものはなかった」、「性奴隷という表現は事実に反する」(2016年2月、国連女性差別撤廃委員会)などと世界に向けても「加害の事実の否定」を発信しています。

 韓国では合意を結んだ朴槿恵(パク・クネ)政権から交代した文在寅(ムン・ジェイン)政権下で、外務省の作業部会が日韓合意の交渉過程について検証を行いました。17年12月発表の検証結果の報告書には、合意に非公開部分があり、日本側が「性奴隷」という言葉を使わないよう求め、韓国側が事実上受け入れた経過が見てとれます。この報告書は日本語にも訳され韓国外務省のホームページで閲覧可能です。

 文大統領は検証結果の発表翌日の声明で日韓合意について「手続き上も内容上も重大な欠陥があった」とし、「両首脳の追認を経た政府間の公式的な約束で重みはあるが、この合意では問題は解決しない」と表明しました。その上で市民の要求に応じる形で日本政府拠出の10億円を棚上げにして「和解・癒やし財団」を解散しました。

 合意の交渉過程を見るなら、日韓合意には、安倍政権の主張に対して韓国政府・市民を黙らせる目的があったと言っても過言ではありません。韓国市民の中で怒りがわきおこったことは当然です。

 いま「慰安婦」問題で求められているのは、日韓合意のスタートラインに立ち戻り、真の謝罪を行い、和解に向けて対話を始めることです。

 日本政府はこれまでも、「河野談話」ですべての被害女性に対し加害の事実を認めて謝罪し、記憶を伝えると表明し、1995年の「村山富市首相談話」、1998年の小渕恵三首相と金大中(キム・デジュン)大統領の「日韓パートナーシップ宣言」で「植民地支配の反省」を明記しました。

 安倍政権のゆがんだ歴史認識とそれに基づく外交こそ異常です。2015年8月15日の戦後70年の「安倍談話」で、韓国の植民地化を進めた日露戦争を美化し、「子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と述べたことは象徴的です。

 私たち日本側の市民は現在の日韓の深刻な関係悪化に対し、日韓両政府に冷静な対話を求めることが重要です。同時に、植民地支配の不法性をあくまで認めず、加害の事実すら否定する安倍政権の存続を許していいのかが問われています。


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